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1978年アルゼンチンW杯「高速の中での精妙なボールタッチ」

70年のブラジルの見事な攻撃展開、74年のオランダの新しい思想はなく、またクライフやベッケンバウアー(西ドイツ)のようなスーパースターが不在で、78年大会はチーム戦術の上や、パスワークの華やかさといった楽しみは、あるいは多くなかったかもしれない。プラティニのフランスはまだ若く、俊敏ポーランドはやや歳をとり、オランダは強かったが4年前のイメージは消え、イタリアは未完で、ブラジルは“らしくなかった。”
いわば、いささか不満の残る大会の中で、開催国アルゼンチン・イレブンのひたむきな攻撃、それをバックアップする2800万人の国民の熱意が、どこにいても感じられ、テレビを通して世界に広がった。私自身にとっても、高速で突進しながら、ボールタッチの精妙さを失わないアルゼンチンのスターたちのプレーは驚きだった。もちろん、開催国の超満員のスタジアムは、相手チームにも、レフェリーにも、なにかプレッシャーを与えたかもしれない。狭い地域を突破するのに、相手側に手ひどいファウルがなかったことも幸いしたかもしれない。そんな有利さを差し引いても、彼らの 瞬間のイマジネーション、即興プレーはまさに南米サッカーの本流と言えた。
優勝が決まってから、半年後、この大会のときに知り合いになったプレスセンターの通訳からもらった手紙の中に「オーストラリア大使館に勤める姉は、ここしばらくオーストラリアへの移住申請者の数がずいぶん減ったと言っている」とあった。インフレの進むアルゼンチンから、他の国へ脱出しようという人たちが多かったのが、ワールドカップの優勝以後、その数が減ったのだと言う。サッカーの優勝が、自分の国のよさを再認識することになったのかもしれないと手紙にはあった。
(サッカーダイジェスト1989年2月号より)

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