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吉田麻也(下) 29歳、存在感を試される大舞台

 ロシアワールドカップ前最後の調整となる日本代表のベルギー遠征に吉田麻也の姿はなかった。2月に左ひざの靭帯を痛めて戦列を離脱しているからだ。日本の守りの要として、一日も早い復帰、本大会でのプレーを願うばかりだ。

アジア最終予選フル出場「影のMVP」

 グランパス1年目からレギュラーを獲得し、名古屋を起点にして海外に渡り、屈強な選手たちがそろうイングランド・プレミアリーグでレギュラーの座を得て6シーズン目を迎えている。故デットマール・クラマーに生前、吉田麻也のことを話したことがあるが「日本のセンターバックがプレミアリーグでプレーするようになるとは」と感慨深げに語っていたことを思い出す。ボールを持って自ら仕掛けられる攻撃の選手と異なり、守備は強い相手と対戦して初めて自分たちのレベルアップが確認できる。激しい攻防が特徴のイングランドで培われた経験は、日本代表における守備強化に確実に還元されている。
 世界でも高い評価を受けるまでに成長した吉田にとって、今回のロシアワールドカップは、サッカー人生にとって最も充実した29歳という年齢で迎える、またとない舞台だ。日本代表としてワールドカップの中で存在感を見せることは、彼が今後世界トップクラスのセンターバックとしてなおも輝き続けるために、その存在感を試される大会でもある。
 アジア最終予選の10試合900分間、唯一のフル出場を果たしたことを見ても、日本代表にはもはや不可欠な存在だ。私から見れば予選の「影のMVP」といえる活躍を見せた。試合の随所で見せる攻撃参加や、敵の動きを見てのカバーリングなど、アジアのレベルにおいては、もはや余裕すら感じさせるプレーを見せている。これからは、その模範的なプレーの意図を仲間に伝えていくことが求められる。時には失敗もあるだろうが、選手たちとコミュニケーションを取りながら一つ一つ解決をしていく。普段は同じチームでプレーしていない選手も、攻撃や守備といったポジションに関わらず吉田からいろいろなことを吸収してほしい。ここを足場にしてさらにステップアップを進め、吉田麻也を超える選手が生まれた時に、日本のサッカーは新たな時代を迎えるということになると考えている。

無駄なファウルもらわぬうまさ

 技術的なことを言えば、アジア予選17試合で吉田はイエローカードを1枚しかもらっていない。無駄なファウルをもらわないうまさがあるということだ。カードをもらわないということは事前の予測ができていて、遅れたタックルや、無理矢理つぶしに行かなくてもいいということ。アジアのレベルでは日本は常にボールをキープする時間が多いのだが、それに反応していいポジションが取れている。若い選手は映像で「生きた教材」としての吉田の動きを見て理解してほしい。右利きのため、左のタックルはあまり得意ではないが、自分の側に相手を寄せてつぶすというつぶし方や、もう一人のセンターバックとの相性を考えて、連携を考えながらプレーできてもいる。
 攻撃の面でも、日本代表としてこれまで10得点を挙げているように、高いヘディング能力を生かし、CKやFKの時の貴重な得点源として活用することができる。彼のヘディングを警戒するあまり、相手の守備に穴ができて他の選手が点を取るチャンスも生まれる。
 ハリルホジッチ監督はアジア予選を通じて吉田と組む相棒を入れ替え、本番に向けて試しているように感じた。イングランドで激しく速い選手との対戦を通じて、ボールを取った時に互いの位置関係でどんなパスが有効なのかなど、多くの経験を積み重ねている。彼自身が新しい技を身に付けることも大事だ。攻撃の起点としてのパスやキックにしてもまだまだ進歩できる余地があると思う。

「守りの要」負傷治し、万全の状態で

 いよいよ2カ月後に迫ったワールドカップ本大会。日本と1次リーグで対戦するのはコロンビア、セネガル、ポーランドの3カ国。易しい相手は一つもない。能力を目いっぱい発揮しながら、結果を残すために、ディフェンスリーダーとして役割を果たしてほしい。
 守備の要として、仲間とともに相手の攻撃をいかにつぶせるかが大事な仕事となる。ヘディングについては日本のDFもかなり強くなったが、すべてを跳ね返せるかというと、まだまだ足りない部分もある。また、一連の動きの中でひと悶着あった時に、互いがどう対処していくのかというチーム全体としての考え方を吉田が中心になって構築していくことになるだろう。さらにいえば、攻撃の起点にもなるのだから、弾き返すことができれば一気に前へと出ていける。そこがサッカーの面白いところであり、さばき方によって良い攻撃につなげられる。その意味でも吉田に対する期待は大きい。
 日本はアジアのレベルでは攻撃できる回数も多く、若い選手も結果を残したが、逆に手薄なところでボールを奪われ、広い場所で相手に攻められる場面も見られた。吉田を中心とした守備陣がどれだけ失点を防げるのかが、1次リーグ突破に向けてもっとも重要なカギを握る。ぜひ、左ひざをしっかり治して、万全の状態で本大会を迎えてほしいものだ。
 相手がボールを持った時に瞬時に守備全体を考え、1歩、2歩の単位で動き、周りをコントロールしながら弾き返した時に感じる快感はセンターバックならではものだろう。だが、世界有数の高さで攻防が繰り返されるイングランドでは、そんなことを味わっている余裕はないのかもしれない。吉田も今年8月で30歳となる。一昨年、名古屋に復帰するのではという一部の報道もあったが、もし日本に帰ってくることになれば、Jリーグ、日本サッカー界にとって、その存在感は計り知れないものとなる。高い年俸を払ってでも、その値打ちは十分にある。ワールドカップを終えた時の吉田麻也の評価、今後の動きにも注目していきたい。


(月刊グラン2018年5月号 No.290)

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