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決勝トーナメントはない

 2002年のワールドカップは、多くの人々が「サッカー文化」に触れる貴重な機会となりました。しかし、大会をとおして「決勝トーナメント」という表記が浸透してしまいました。FIFAの表現では韓日で開催される大会全体がtournamentであり、「決勝トーナメント」はSecond Roundということになります。また、「今回は予選を突破するという目標は果たした」という言い方もされましたが、予選とはアジア、欧州などの地域予選を指す表現です。賀川浩は、98年からこの表現について幾度となく指摘してきましたが、この大会でいよいよ決勝トーナメントという表現が定着してしまったことは誠に残念でした。ファーストラウンドを突破し、世界レベルで実績を積んだのですから、報道、表現においても世界標準を意識していくべきなのではないでしょうか。
 当時の賀川の原稿、サッカー・マガジンの記事などを掲載し、改めて正しい表現を考えていただくきっかけにできればと考えています。

決勝トーナメントはない
<FCJAPANでのBBS書き込みに対する返信より>

FIFAの大会規程(Regulations 2002 FIFA World Cup Korea/Japan™)のなかに、今度の大会の試合の仕組みについて

と書かれています。

 したがって、第1ラウンドのことを1次リーグと呼称しているのも、変だといえば変なのですが、1次リーグというのは、もともと1964年の東京オリンピックの時に、日本協会が機関誌上で、全世界の地域予選を行なって参加してくる16チームが、4グループに分かれてリーグを行なうのを"予選"リーグというのは間違っているとして、1次リーグにしたことからきています。当時はオリンピックもワールドカップもファイナル・コンペティション(文字通り訳せば決勝大会)の参加は16チームだったから、1次リーグを勝ち抜いて、各グループ上位2チーム、合計8チームによるノックアウト・システムは、英語ではクォーター・ファイナル、日本語記も古くから準々決勝という言葉があったので「トーナメント」という言い方はしなくてよかった。ただし、当時でも日本協会の広報には、準々決勝以降の組み合わせ表を「トーナメント表」と間違って記載していた。私自身、当時は不明にも、それが間違いとは気付かなかったのです。

 話を1次リーグに戻すと、ワールドカップの場合も、多くのメディアが「大会の予選リーグは…」などと間違っているので、フランス大会の組み合わせ抽選が、1997年12月にマルセイユで開催されたときに日本代表チームの監督、マネージャーが修正を申し入れたのです。フランス大会はFIFAの公式進行表にファーストラウンドでなく、ファーストステージという言葉もあったので、従来の簡単な1次リーグにしたのです。
「予選リーグ」と「1次リーグ」では字数が同じなので活字メディアは組み合わせ抽選の翌日の紙面から予選でなく「1次」にしてくれました。
 ただし、「決勝トーナメント」については説明しても、聞き入れられなかったようです。
 4年前のフランス大会ではFIFAの進行表にはファーストステージ(ラウンドでなくセカンドステージといった表記もあり、ラウンドで統一するかどうか迷ったこともありますが、ともかく、1次リーグという言い方は(1974年と78年の大会には2次リーグもあった)第2ラウンドには対称的でないにしても、間違った日本語ではないのです。

 しかし決勝トーナメントとなると話は違います。
 決勝トーナメントという呼称については、FIFAはこれまで一度も使ったことはありません。1964年の東京オリンピックの頃から、日本協会や、メディアが使っていたかというと、日本のスポーツは古くから、最も人気のあった全国高校野球選手権大会をはじめ、大きなトーナメントがほとんど英語でいうノックアウト・システム(knock-out system)で行なわれてきたので、多くのメディアは、ノックアウト・システムとトーナメントが同意義だと思ってしまったのです。そういう私も、そうでした。

 しかし、外人さんは「スモウ トーナメント」と大相撲のことをいい、日本でもゴルフの大会のことをスポンサーの名を頭につけて「××ゴルフ トーナメント」と呼んでいます。オリンピックでも、サッカー競技のことをフットボール・トーナメントといいます。
 シドニー・オリンピックではフットボールコンペティションとなっていましたが、いずれにしてもトーナメントという英語は、私たちのいう大会、どこか1ヶ所に複数のチームや人が集まって、勝者を決めるもののようです。そして、リーグというのは、もともとグループという意味で、大学リーグは大学生というグループの試合をすることで、それの総当たり戦(ラウンド ロビンという)についてはリーグシステム(リーグ戦形式)という言葉があるけれど、トーナメント・システムという用語はなく、トーナメントはイコール、ノックアウト・システムと、考えるわけにはいかないのです。

 世界で最も古いカップ戦であるサッカーの母国イングランドのFAカップでは、リーグでなく、ノックアウト・システムです。ただしこれはイングランドの各チームがホーム・アンド・アウェイで行なうので、1ヶ所に集まる(甲子園のような)トーナメントではありません。ノックアウト・システムのことをカップ・システムといった時代もあったが、今ではワールドカップのように、××カップという大会が必ずしもノックアウト・システムでないため、カップ・システムとは言わなくなったのです。
 要するにトーナメントというのは、ひとつのところに集まって行なう競技会で、そのやり方はリーグ・システムでも、ノックアウト・システムでも、ゴルフのように、スコアで順位が決まる(メダルプレー)ものもあるので、今メディアが使っている決勝トーナメントという言い方は世界にはないのです。
 これは日本語になっているから、この方が分かりやすいという言い方もできますが、あなたの子どもたちが、もっと英語に慣れ親しんで、疑問を投げかけてくれば、答えに困るのです。決勝トーナメントを英語にすればファイナル・トーナメントとなり、ファイナル・コンペティションと紛らわしくなってしまいます。
 どこかのテレビの宣伝に「FAカップは世界で最も歴史のあるトーナメント方式のカップ戦です」というのがありました。ここまでくるとたいへんですネ。

 4年前から、何度も「決勝トーナメント」論を語ってきたのは、大会イコールノックアウト・システムだとしてきた日本特有の考え方に根づいた表記が気になるからです。「世界の常識は日本の非常識。日本の常識は世界の非常識」とは竹村健一さんのよく使う言葉ですが、スポーツもそう言えそうです。
 折角、ワールドカップ・サッカーという「世界で最も楽しいイベント」があることを日本の多くの人たちが知ってくれたのだから、いわば、世界の常識に日本も仲間入りして、新しい時代に入ろうというのに、肝心のサッカー人が非常識では困りますからネ。

 公式プログラム(日本文)には、第2ラウンドと書いて、それでも、16チームの勝ちあがり表を「トーナメント表」と書いているようです。出版元は、英文も出しているハズだから、英文表記にTournamentとしているのだろうか。
 公式という点でゆくと、FIFA Magazineの2002年5月号に、大会の進行プログラムが記載されているが、ここには、98年と同じように、1stステージ(グループリーグ)、2ndステージ(ラウンド16 クォーターファイナルス)、3rdステージ(セミファイナルス ファイナルス)となっています。トーナメントという言葉はもちろん使っていません。

決勝トーナメントと16強
<サッカーマガシン2002年6月17日号掲載記事より>

 1次リーグでフランス、アルゼンチンが敗退するという、驚きの連続の大会となりました。一方、開催国の両国は、ともに1勝1分けで、日本は6月14日のH組最終戦でチュニジアと、韓国も同じ日にD組最終戦でポルトガルと対戦します。この号が発売される頃には結果は出ていますが、両国がそろって第2ラウンドに進出することを祈っています。

 ワールドカップの旅の連載第3回に入る前にひとこと。日本のH組リーグの突破が近づいてから、例の「決勝トーナメント」の大合唱や「決勝T進出…」の大見出しがテレビや新聞に散乱して、聞くたびに、見るたびに、砂を噛むような思いにかられます。
 テレビのアナウンサーの中には"韓国では決勝トーナメントのことを「16強」といっているのです"と不思議そうに紹介している人もあります。同じ共催国なのに、なぜ表現が異なるのかを調べてほしいものですが、考えてみれば「決勝トーナメント」という誤った表現が、日本中に広まっているのも、これを正しいものに変えようとする努力がなかったのは、日本協会や、私たち古くからサッカーに関わってきた者の責任であったと言わなければなりません。
 トーナメント論、トーナメントという言葉の意味については、すでに何度も、この雑誌で触れてきたので改めてここで述べるのは控えることにし、FC JAPAN(http://www.fcjapan.co.jp/)というインターネットのホームページを見て頂いて、それについての多くのご意見を聞かせてほしいと思います。公式には第2ラウンド、入場券にも決勝トーナメントの文字のないことをもう一度、申し上げておきましょう。

困った表記
<サッカーマガシン2001年12月26日号掲載記事より>

 一次リーグの組み合わせが決まっていて、いよいよワールドカップ本番も近いという実感が強くなってきた。
 4年前のフランス大会の組み合わせのときから、当時の岡田武史監督たちが“予選リーグ”を、“1次リーグ”という呼称にしてくれて以来、活字メディアは本大会の第1ステージでのリーグ戦を予選と記すところはほとんどなくなったが、テレビではまたまた予選リーグが横行し始めた。第2ステージ(日本では第2ラウンドというのが普通らしい)の16チームによるノックアウトシステムのほうを、相変わらず決勝トーナメントと言っている誤りは、日本協会の出版物がそもそも誤記を通しているのだから、この分では、日本が1次リーグを突破すると決勝トーナメント進出、あるいは決勝T(トーナメントの略らしい)へ―――などという大見出しが踊るのかと思うと、いささか気分が悪くなる―――日本協会の方へも一度申し入れをしておいたのだが、こちらの力不足で一向に改善されない。
 スポーツ最大のワールドカップを開催する日本のサッカー界は、この国の中で、最も国際的なはずだから、ほかの多く競技団体もそれぞれの大会で1次リーグの後のノックアウト戦を「トーナメント」と言っているのも無理はない。まことに困ったものだ(チケット表記に決勝トーナメント1回戦とは書いていないので入場券入手の方はご注意を)。

オフィシャル・サプライヤー、朝日新聞への期待
<サッカーマガシン2000年12月26日号掲載記事より>

 2002年関連のニュースのなかに、朝日新聞がオフィシャル・サプライヤーになったというのは、とても面白かった。
この新聞は大正7年(1918年)の関東蹴球大会の後援や、関西での戦前、戦後のビッグゲーム「朝日招待」などのイベント開催があり、編集では、サッカー記者の草分け、山田午郎さん(故人)をはじめ多くの優れた記者がいて、私たちも敬意を払っていたが、社会的にはやはりサッカーはマイナー。大阪でも東京でも販売店主の多くは「うちは高校野球。サッカーは読売でしょ」という人が多い。
 そういう親代々の販売店を持つ本社が、ワールドカップのオフィシャル・サプライヤーになった、というのはなかなかの決断だし、そういう手があったのかと驚きもした。
 お金を払ってワールドカップを自社の宣伝に利用することになるだろうが、朝日のような大メディアが大会と直接関係することは、それだけで報道にも力が入るだろうし、また、用語の使い方なども、公式のものでないもの、例えば1次リーグ(グループリーグ)を突破して“決勝トーナメント”へ進む―――といった公式用語にないものを避けるだろう―――と想像するのはうれしいことだ。

リーグ戦のカタール・トーナメント

 というのは、FIFAで第2ステージ、あるいは第2ラウンドと呼んでいる16チームによるノックアウト・システムの、いわば大会の後半部を、日本のメディアは「FINAL TOURNAMENT」といえば、例えば98年フランス大会そのものを指すことになる。
 トーナメントというのは、一ヵ所に集まって勝者を決める大会のことで、ノックアウト・システム、リーグ・システムに関係ない。1994年の米国ワールドカップのアジア最終予選、日本のいわゆるドーハの悲劇も、アジア最終トーナメント(Asia Final Tournament in Qatar)で、その試合のやり方は1回戦総当りのリーグ戦だった。

高校野球のノックアウト・システム

 この「トーナメント」という言葉を辞書で引くと、「勝ち抜き試合」とあって、スポーツ用語にはこれにわざわざノックアウト方式と書き加えているものもあるが、世界ではどうやら、そうでないものらしい。
 私自身も、50年前に記者家業に入ったとき、トーナメントとノックアウト・システムを同義に思っていた。高校野球のように、甲子園に集結して行う大会が、ノックアウト方式であるために、トーナメント(大会)といえば、ノックアウト方式と思い込んでいたためだろう。
 ついでながら、リーグというのは、もともとグループでという意味で、同じレベル(Jリーグ1部)のもの、あるいは大学生という同じ身分のもの(東京六大学野球リーグ)を言い、その勝者を決めるラウンド・ロビンと称する総当りのやり方が、リーグ・システムという言葉を生んだ。
 しかし、日本のようにトーナメント方式イコールノックアウト方式という常識は、世界にはない。
 もともとこの間違いは、日本協会が公式の出版物にも××大会で1次リーグ(さすがに予選を経てきた本大会で予選リーグと言う人は減少したが)を突破して決勝トーナメントへ進んだ―――などといまでも記しているから、まず、ここを正さなければならない。
 これはワールドカップの入場券の販売のときにも(当然、決勝トーナメントのチケットとは言わないから)かかわる問題。国際的な分野で日本のスポーツの先端をいくはずのサッカーが決勝トーナメントと言っているのが、サッカーにかかわるものとして、いささか申し訳ないことでもある。
 たかが用語の一つ―――であっても、そこに長い間の積み重ねがあって面白くもあり、難儀でもあるが、まあ21世紀には世界共通の使い方にしたいもの。
 オフィシャル・プライヤーとなったビッグ・メディアに期待をしつつ、師走を迎えるのである。