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ニュルンベルク→シュツットガルト:新機軸のボールでのベッカムのFKに思う。この世界で戦うために日本は

32枚の白黒ボールからシームレスに

 32年前の西ドイツ大会取材のとき、ニュルンベルクの近く、ヘアツーゲンアウファッハにあるアディダス本社を訪ね、製作工程を見た。クツもボールも手作業と機械化の見事な組み合わせに感嘆したものだ。同社はそのころ白黒のボールを作っていた。
 黒の五角形12枚と白の六角形20枚の皮を縫い合わせたボールは、日本でも1965年のJSL(日本サッカーリーグ)の公認球として使用され、サッカーボールは「シロ、クロ」と馴染まれていた。
 FIFA(国際サッカー連盟)が白・黒をワールドカップの大会公認球にしたのは1970年メキシコ大会から。モノクロテレビでも見やすいという理由からだった。
 テルスターと名づけられたボールは74年大会でも使用球だった。
 もともとサッカーのボール(英語でフットボールそのものだが)は18枚の皮を縫い合わせ、その中にゴムの中袋を入れて、空気を加えていた。日本では12枚が多かったが、前述の白黒の出現で32枚一辺倒になった。
 これは大天才、レオナルド・ダビンチのルカス・パチリオ原則「ただし、球体は12枚の五角形と20枚の六角形からなる」のとおりであると、博覧強記の大先輩・田辺五兵衛さん(故人・第1回日本サッカー殿堂入り)に聞かされたことがあるが、確かにそれまでのボールよりは性能は良くなっていた。
 それから2002年まで、材質に変化があり、デザインも改良されたが、32枚という基本は変わらなかった。
 それがこの大会からまったく新しい球体となった。「+チームガイスト(=プラスチームガイスト/チームスピリットのこと)」と名づけられたボールは二層からなり、糸を使わない特殊な接着法による14枚のパネルによるシームレス・ボール。従来のものより、さらに真の球体となりスムーズに転がるという。


名手のFKと中村の不調

 対エクアドル戦のベッカムのFKの得点は懸命に伸ばしたゴールキーパーの指に当たりながら、左ポストの内側に入ったのは、このボールが原因かどうか――、製作にあたって、レアル・マドリードのベッカムやジダンなどが、実際に蹴ってみてアドバイスもしたという。それだけに「+チームガイスト」はベッカムにとっては意志を伝えやすくなっているのかもしれない。決勝ラウンド1回戦のスペイン戦で、ジダンが復活をアピールしたが、パトリック・ビエラのヘディングをもたらしたのは彼のFK。強いライナーがスペインのシャビ・アロンソの頭に当たって後方へ上がり、それを左ポスト際でビエラがとらえた。
 キックの名手たちが、新しいボールで成果を上げるなかに中村俊輔が加わっていないのは寂しい。
 この3試合での彼は気の毒なくらい元気がなかった。スコットランドでいい成績を収めた彼にはヒノキ舞台でいいプレーをして、さらに一段上のプレーヤーになりえるチャンスだったが…。厳しいシーズンをフルに戦った疲れが原因になったろうとは誰もが考えるが、調子が悪いからと休ませるわけにはいかない日本代表チームの事情もあっただろう。


海外で常時出場がいないのは

 今度の日本代表には、チームの主力となる6人の海外組がいた。しかも、そのうち常時出場していない方が多いのである。監督やコーチがその体調を見極めることはやさしくはない。
 70年前のベルリン・オリンピックで日本代表は強豪スウェーデンを破ってヨーロッパを驚かせた。海外の事情にも明るくなかったが、国内で自ら工夫し、遮二無二練習を積んだ成果が出た。
 その36年後、メキシコ・オリンピックで日本代表は銅メダルを取った。戦った相手はナイジェリア、ブラジル、スペイン、フランス、ハンガリー、メキシコだった。アマチュアで、海外プレーの経験者はいなかったが、ただ一人、釜本邦茂だけが、2ヶ月間ドイツに単身で留学して、驚くほど腕を上げて帰ってきた。当時、誰も考えなかった単身留学を成功させるために周囲は入念に計画し、クラマーがデアバルというコーチを紹介してくれた。
 93年からプロとなり、海外で働く者が増えた。ただし、必ずしもレギュラーとして定着した者はいない。そういう状況の中で代表チームはアジア予選を乗り越えて、ドイツへやってきた。
 アジア予選は、それで勝てたが、ここでは選手が全て良好な体調で、得意の組織プレーを生かさなければならなかった。
 次の4年間に入るために選手個々にはもちろん、プロフェッショナルの代理人たちが、海外で働くことがその選手にプラスになるかどうかを考えなくてはならないだろう。Jの各クラブにとっても、このあたりをしっかり見ることが必要だ。
 ボール一つとっても、日進月歩の世界のサッカーで、日本は選手とその周囲の真のプロ化が必要だろう。


(週刊サッカーマガジン 2006年7月18日号)

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