賀川サッカーライブラリー Home > Stories > >ミュンヘン→ベルリン:決勝の日、プロ同士の激しい絡みとプロ記者の炯眼を見る

ミュンヘン→ベルリン:決勝の日、プロ同士の激しい絡みとプロ記者の炯眼を見る

フランツのゴールド・フィンガー

「天候が回復して良かったですね」
 7月8日にベルリンに着いたときに、日本のメディア仲間から言われた。すごい雨で、街の中では洪水騒ぎもあったとか。ピッチは使える状態でなく、両チームともオリンピア・シュタディオンでの練習を取りやめたという。
 決勝当日には晴れの予報だから、やはりベッケンバウアーは運がいい。サッカーは雨でもすると決まってはいても、やはり催し物は晴れがいいに決まっている。幸運の男フランツ・ベッケンバウアーは、ゴールデン・タッチで、何でもいい方に代えてゆくという“伝説”があるが、イタリアとの準決勝はゴールド・フィンガーのご利益はなく、延長の終わりに2失点して敗れてしまった。
「権謀術数(けんぼうじゅっすう)」を絵に描いたようなイタリア代表が相手では、若いドイツがやられても無理はないかナ。いや、若くなくてもねぇ…」
「それにしても、よくやりますネ。イタリアは、スタンドがほとんどドイツ・サポーターなのに、見事な芝居を演じるのですから――」
 受け答えの主(ぬし)は、テレビ解説や記事で皆さんもおなじみの風間八宏氏――彼は84年の夏、私がフランスでのヨーロッパ選手権の取材に出かけたころ、西ドイツのクラブでプレーしていた。プレーヤーとして、指導者として経験を積んだ彼の解説ぶりには、日ごろ蓄積を見ることのできる一人である。
「痛くても痛くなくても、いま倒れるときだと判断したら、転げまわって声を出すのだろうネ。それは芝居というよりオペラの国の日常の暮らしの中から出てくる“地”かもしれないネ。それにしても攻めないような顔をして、突如として攻めに移る。すると皆がサァーっ心がひとつになる。いつものことながら、そこはすごい」
 こんな他人事のように決勝の話を交わせるのも、ドイツが3位になったからかもしれない。
 3位決定戦は方から力が抜けて良いプレーが出ることもある。それがドイツの方に表れて、すごいシュートが出て、いい勝ちっぷりだった。ベスト4に出て、負けても3位決定戦に勝てば、自分たちの大会最終日を飾ることができる――。いまさらながら、八重樫、釜本時代の日本代表がオリンピックの3位になった実績を振り返った。


イタリアの大型化

 イタリアは190センチ以上のノッポがDFのファビオ・グロッソとマルコ・マテラッツィ、CFのルカ・トニと3人いる。ことしの大会の特色のひとつは、各チームに従来のノッポより一段大きい190センチ台が増えたことだ。193センチあれば185センチより8センチ高いから同じノッポ同士のヘディングの競り合いでも有利になる。
 フランスは欧州では小型のほうだったが、ゲームメーカーのジダン(185センチ)をはじめとして、FWのアンリ(188)チュラン(185)ビエラ(193)の大型化時代に入って98年の初優勝を見た。イタリアは平均すればそれほどではないが、今度は3人の190センチ以上を揃えたのがミソ。相手のエリア内に彼らが入ってくると、威圧感があった。
 1次リーグの終わりごろにハノーファーへ、韓国の頑張りを見ようと行ったけれど、対スイス戦は前半0−1でリードされ、後半、タイムアップ直前にも2点目を取られた。
 前半の1ゴールはFKからのクロスを190センチ(センデロス)にしてやられた。慎重さがまさに裏と出た。


ジダンは天使じゃない

 決勝当日に、メディア・レストランでトルシエ監督の通訳をしていたフランス人のダバディさんに会った。
「ジダンが復調してきて良かったネ。チュランも戻って、98年組が揃い、いいんじゃない」。好きなジダンのことで相手が日本語の達者なフランス人だから、つい口数も多くなってしまった。
 両チームの比較や、ジダンの調子が落ちてきているのではないか――とか、イタリアが優勝すればカンナバーロが最優秀選手になるのではないか――といった話がスタンドの記者席でも続いた中で、ひとつ、私はこの日のサンデータイムスの記事が引っかかっていた。
 大記者ブライアン・グランビルの書き物で、ジダンとフランスのここまでの歩みを書き、彼が優勝して(パンテノンに入るという言葉を使っている)歴代の世界名プレーヤーの上位に入るかどうかに触れていた。この試合でプロサッカーのプレーから去る彼のために、そう望むハズだが、辛口の彼は、「ジダンは天使ではなく、彼はいままでに相手の焦らしや挑発に乗ってレッドカードをもらったこともある」と記している。そこから先を詳述しないのが彼流で、結局歴代13位に入れている。
 筆者の意図を察した編集者は「ITALIANS CAN SPOIL ZIDANE'S FAREWELL(イタリア人たちはジダンのサヨナラをぶち壊しにすることができる)」との見出しをつけていた。
 試合はジダンがPKを決め、イタリアのノッポがヘディングで同点、同じ男との絡み合いからジダンが頭突きをしてしまった。
 まさに引退試合はスポイルされた。


(週刊サッカーマガジン 2006年8月1日号)

↑ このページの先頭に戻る