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ライプチヒ→カイザースラウテルン:カイザースラウテルンへの車中でドイツの大会への取組の周到さを思う

ファースト・クラスの無料サービス

「2時間後にはカイザースラウテルンだぞ」
 6月12日早朝、6時43分。フランクフルト・アム・マインの中央駅(ハウプトバンホフ)発の特急EC52号111号車のコンパートメント、96席に腰を下ろして、一息ついた。
 ファーストクラスのコンパートメントは私一人だった。
「片道の指定席が3ユーロ。往復6ユーロ(900円)でファーストクラスの旅とはありがたいこと」と思う。
 DB(DIE NAHN=ドイツ鉄道)は大会中にメディアの各会場間の移動を無料(ファーストクラス)とし、指定席料だけを払えばいいことになっていた。
 前日、ライプチヒでのオランダとセルビア・モンテネグロの試合を見るため、飛行機でフランクフルトから往復し、空港からホテルへの帰り道に中央駅で、この日の列車の予約をした。すでに空席は少なくなっていて、早朝だけが空いていた。復路は19時7分、カイザースラウテルン発のICE2713号があった。
 9日にはじまったワールドカップは、AからDまでの4グループの各2試合、合計8試合が終わり、この12日はEグループの米国対チェコ、イタリア対ガーナと、Fグループのオーストラリア対日本が予定されていた。
 ミュンヘンの開幕試合の次の日はフランクフルトへ飛び、11日はライプチヒへの往復と、いずれも飛行機だったから、鉄道の旅はドイツ大会ではこの日が初めてだった。
 74年大会のときは、飛行機の利用が多かったが、鉄道にも乗った。フランクフルトからミュンヘンまでという長い列車の旅をして、ドイツ国鉄のよさも味わった。当時もたしか、メディアには30パーセント引きか半額だったかの恩恵があったが……。
 広いコンパートメント(ドイツ語ではアブタイル Abteil)の窓際の席(フェンステ Fenster)となれば、ゆったりした気分になる。本当なら、新聞をどっさり持ち込んで、見出しを楽しみたいところだが、朝が早かったために駅では買えなかった。
 そこで、手帳を出してメモを付け、これまでの見聞を思い出す。


タブロイドのタイムズ、ベルトの特集

 新聞といえば、フランクフルト駅の地下にある売店は、ドイツを訪れるときには覗くのが癖になっていた。
 しばらくぶりのヨーロッパで驚いたのは、タブロイドのタイムズ(ロンドン・タイムズ)をはじめとする英国の新聞が、ドイツやベルギーで印刷されていることで、ニューヨーク・タイムズが出しているインターナショナル・ヘラルドはフランクフルトで印刷していることなどを知った。
 ヘラルドは80年のイタリアでのEUROのときにも、ニュースを知る手がかりだった。ここの記事は“サッカー狂国”でない米国だから、ワールドカップでもEUROでも冷静に、ときには斜に構えての感もあって、英国紙とはまた別の切り口が見られる。それに、英国のロブ・ヒューズ記者(ロンドン・タイムズ)が執筆しているのもいい。
 ロブ・ヒューズといえば、10日にフランクフルトのスタジアムのレストランで、ワールド・サッカー誌で有名なキール・ラドネッジさんと挨拶を交わしたときに、こちらは寝ぼけていて(その日、例の飛行機の遅れでドタバタした)ロブ・ヒューズと間違えて、はじめのうちトンチンカンなやり取りをしたことがあった。幸い途中で気づいて、最後には「あなたが出版したビッグ・ブック『ザ・トレンジュアズ・オブ・ザ・ワールドカップ』の日本版を買いました」で終わったから良かったが――。
 それはともかく、74年はタブロイド版でドイツ全国に圧倒的な部数を持っていた「ビルト」はサイズが大きくなり、今も400万部を超えているとか。高級紙のディー・ベルトが、毎日6ページから8ページのワールドカップ特集を入れているが、各紙も同様。
 もちろん、専門誌としては定評のあるキッカー誌があり、フランスのレキップも店頭に並ぶ。イタリア、スペインも同様だが、当方はそこまでは手が回らない。
 メモ書きのはじめのところを見ると、新聞の名を全部、書き取ろうとしたが、根気がなくなった――とある。携帯のカメラを使えばいいのだが、あいにくミュンヘン到着後すぐ調子がおかしくなったため、それも見送ったとある。
 驚いたのは、大きな影響力を持つ雑誌シュピーゲルが特集を出しているが、これが英文のものもあるということ。訪れる外国人には便利だろう。キッカー誌が「ボールをめぐる文化(Kult um DEM BALL)」という別冊(ドイツ語)を出して、中国や日本の蹴鞠にまで触れて紹介している。
 わずかの期間での見聞ながら、活字メディアを眺め、DBのサービスに接してみて、今回の大会に対するドイツの社会全体の取組の周到さと大きさに、改めて目を見張る思いだった。


(週刊サッカーマガジン 2006年9月19日号)

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