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スタミナを浪費するな! ホットスパー戦の教訓


語る人 川本泰三
聞き手 大谷四郎 賀川浩


――トットナム・ホットスパーの来日、まあこれが今シーズン前記の最高のトピックでしょうな。そのとき“オーバーラップ”という言葉が盛んに言われたわけですがね……。
(編集部注…オーバーラップ=重なる。例えばFWあるいはHBのある選手がボールをもってドリブルで内側へ入り込みながら待機、その背後にできたスペースに、BKが上がっていく動き)

川本 うん、そんな新語ができとるな。なるほどスパーズの特徴だよ。ただね、どうしたらオーバーラップできるか、こいつをこの際考えないかん。スタミナがありあまり、スピードがありあまったら、できるかといえば、必ずしもそうじゃないんだよ。

 あれはね、中盤でだな、誰かが押し上げてくるのを待つ時間がいるわけや。それはどういうことかと言えばね、あんまり動き回らないキープが必要やということや。それには球の持ち方などがひっかかってくるけれども、まあ日本の中盤のようにチャッチャカ、チャッチャカやっとるようでは後から押し上げる間(ま)がない。

――その時間待ちのキープには、前へ急がずに横へキープしてゆくのも手でしょう。

川本 こうも言えるんだ。一般的に中盤で球を持ったら敵のいない方へ、いない方へと、持ってゆくクセがあるな。ところがグラウンドは68メートルの幅しかないから、そこの敵から離れたら、こっちの敵に当たるんや。敵から離れよう離れようとするのはかえっていかん。

――逆にいえば、敵から離れよう離れようと動いたら、オーバーラップする者が上がってゆく場所がなくなってしまう。敵の前であまり動かんけれども、どないかしてキープしておれば敵はそこにおるから、その横は空いておる。それでオーバーラップできる。

川本 オーバーラップにもう一つ大事なことがある。近年ご存知のようによく“リズム”という言葉が出てくるな。このリズムというものはね、これを壊すという前提が必要なんだ。つまり、一つのリズムでのんべんだらりとやな全行程をやってしまうということは、あってはならんのだ。どこかでフシをつくり、どこかでリズムを変えないといかん。

 そういう見方からすると、オーバーラップするときにだな、まずゆっくりキープする、次いで後ろから出てゆく、そこで一つのパターンができているんだよ。意識しとるかどうか知らんが、少なくともあそこでゆっくりしたキープによって相手の動きは変わってくる。そこへオーバーラップで出てきた瞬間からぐーんと速くなる。そこを見ないといかんやろな。少なくとも技術屋は……。

――ゆっくりキープしたときにオーバーラップする態勢が整って、ぐーんとうしろから出てきたときのリズムの変化でオーバーラップの効果が一挙に上がることになるわけですな。

川本 いつでもチャカチャカではあかんということや。

――つまり動きの質の問題ですな。

川本 誰やったか。どこかに書いとったが、これからの日本のチームについてなのだが、とにかくスタミナをつけろ、そしてムダな動きもどんどんせないかん、ムダな動きをしてるうちに、それが有効な動きにつながるんだ、という意見なんだ。これはちょっとひっかかるな。この貴重なスタミナをどうしてフィニッシュ・ゾーンなどの大切なところで使えるようにしようかということを目標とせないかんときにゃ、ムダ使いを奨励してはいかんがな。

――動いとったら、そのうちにはええ動きも出てくるという考えですな。

川本 動いているうちには、ええとこへつながる。そのためにスタミナを強化せよじゃ、ちょっと困るんだ。いまはもっと有効な動きを増やしていかないかん段階や。

――レベルの低いところでは、それが、有効な動きとはどんなものかを体得する方法になるが、日本代表ともなれば、動きをもっと精選せないかん段階や。

川本 日本はスタミナがないと言われるが、ボクはそんなスタミナがないと思わんよ。ただ浪費しとるから、後半の後半になったらどんと落ちよるんだ。それにまだ浪費を奨励しとったら困るわ。高校ならいざ知らず、あの段階では質の良さの度合いを濃くしてゆく。それがポイントだよ。

――スタミナ問題解決の重大なポイントですな。90分に耐えるにはスタミナ強化しか方法はないのか、それが考えどころや。

川本 今のところ、後半の半分近くまでは一応いけるとしよう。そのあとを何で埋めるか。スタミナしか手はないか。そのスタミナは簡単に強化できるわけのものじゃない。すると、それまでのスタミナを、どうにかして引き伸ばす方法で、それを解決せないかんわけや。

――引き伸ばし策には、動きの有効性をあげること、その前提となるゆっくりとしたキープ力、そのためのボールの扱い方、そういった技術的な方法を考えないかんわけですな。

川本 まあ、そういうことや。これは大事なことやで。日本サッカーの根本問題や。

◆ ◆ ◆

――ところでスパーズの力はどうでした? これまでにない最強チームやと言われるが。

川本 あのチーム、ビートルズみたいなのが仰山おってパッとせんが、アーセナルと比べてどうやと言われたら、ボクはアーセナルをとるな。チームとしてはアーセナルの方が格調が高い。

――というと?

川本 アーセナルの方が太い筋が通っとる。どういう筋かというと、ボールを持つでしょう、すると自分とゴールを結んだ真っ直ぐな線をまず行くんだ。まずそれを狙う。そしてそこに障害物が出たら初めて外す。障害物がなかったら、そのままストレートにゴールへ行きよる。

――サッカーの真髄をただ一途に……という感じですか。しかし、どちらかというとスパーズの方が幅はあったでしょう。

川本 いろんなことはスパーズの方ができるな。あのでっかいチバースも、なかなか器用なことをしよる。神戸の後半の彼の得点(後半31分の4点目のこと)ゴール正面で左から持ってきて、ちょっと右を狙った格好で、日本のバックが2人そっちへパッと動こうとしたときに、左へ向き直って、右足に重心を乗せて、左足で左を狙ったシュート。助走なしのスタンディングのシュートや。あのシュートを関心せないかんな。日本側はタイミングも何もつかめなんだ。釜本があのシュートをできたら、ずいぶん違ってくるな。


(『イレブン』1971年8月号)


<試合記録>

日本代表 0−6 トットナム・ホットスパー(イングランド)
1971年5月29日 神戸・神戸中央競技場
主審:N.C.バーテンショウ(イングランド)
試合開始:19時13分

横山謙三→船本幸路  パット・ジェニングス
菊川凱夫          ジョセフ・キン二アー
大野毅           ピーター・コリンズ 
足利道夫          フィル・ビール
川上信夫          サイリル・ノウルズ→トニーウォント
小城得達          アラン・ムレリー
森孝慈           スティーブ・ぺリマン
木村武夫→小畑穣    ジョン・プラット
釜本邦茂          アラン・ギルジーン
ネルソン吉村大志郎   マーティン・チバース
杉山隆一→上田忠彦  ジミー・ネイバー→ロジャー・モーガン

監督:岡野俊一郎      監督:W.E.ニコルソン

得点:チバース(19分、76分)コリンズ(34分)キン二アー(63分)プラット(74分)ギルジーン(77分)

(後藤健生 『日本サッカー史 資料編』 双葉社 2007 p.103 より)

※なお、日本代表とトットナム・ホットスパーはこの後6月3日、6月9日に東京国立競技場で2戦。日本は2−7、0−3と全敗に終わった。

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