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選手をおだてる時代は終った 若手の活躍は釜本、小城らに支えられてのもの


語る人 川本泰三
聞き手 大谷四郎 賀川浩


大谷 先月ゴールキーパー論をやったので、今回はフルバック論といくつもりだったけれども、天皇杯決勝にヤンマーが負けたこと、ハンブルグとの試合、これは若手へ切換えるためのスタート振りいかんという意味で注目されたことだし、やはりこの二つのニュースに触れざるを得ないね。

川本 三菱とヤンマーのテレビを見ていてね、前半が終ったときに鬼武君に電話してやろうかなと思ったことがあるんだ。あの試合の中盤のペースなのだ。そこへカルロスがやられ、吉村が早くからバテてますます三菱ペースだよ。これではヤンマーは勝てないと思ったが、一つ手があったのだ。それはもう一人残っている中盤で球を持てる男、小林だ。彼を横にはわせることだよ。彼は自分のペースで縦へしかドリブルしていなかった。それでは三菱のペースを崩せない。どこかでひっかかる。するとまた三菱ペースにすぐ戻りよる。あれをね、早く展開をと考えなくてもええから、横ばいしてごらん。今までうまいこと動いていた三菱のラインがね、どこかで交通渋滞を起しよる。それがつけ目だ。そのときにヤンマーのつけ込むところが出てくるんだよ。簡単なことだが、ヤンマーはそんなことを考えずにただ漫然とやってたから、最後まで三菱ペースだ。

賀川 ヤンマーのやり方は別として、三菱はとにかくオレのやり方で行くんだというのがありありと見えて、しかもそれが成功したんですな。

川本 三菱は元来ワンテンポのチームだからな。どこかで交通渋滞を起してごらん、さっそく困ってしまうね。ヤンマーとしては直接いい展開しなくていいから、相手のテンポを崩すという意味の中盤のキープだ。三菱としては、あれだけ心地よく動けた試合はあまりないのじゃないかな。自分ペースでね。一応接戦のようだが、内容からみると、はるかに三菱の方が楽に試合していた。まあ、あの辺にいまのヤンマーの限度はあるだろうね。

大谷 他のチームにしても、いまの状態では横に動けというような考えが出てきそうもないな。それが一つのゲーム・メーキングなのだよ。はっきり言って近ごろの日本にはゲームメーカーがいないな。

川本 八重樫君といえどもまだそこまで行けなかったね。流れを変え、姿を変えることのできるものを称してゲームメーカーというのだ。そこまでいま要求するのは無理かも知らん。

大谷 ヤンマーはそれに必要な技を持っている駒に最も恵まれているのだが。

川本 いや、これは勝った三菱を決してくさす意味じゃないがね、もしヤンマーにして、いま言ったようなことがやれれば、おそらく戦後最強の単独チームになれるだろうね。

賀川 ボクは、三菱の裏を突くしかない、しかしヤンマーはそれができそうな性質(タチ)のチームじゃないから、どうしたものかなと思っていたが、横へ動くことには気づかなかった。もともとキープが特色のチームなのだから、キープそのものをもっと研究していないといかん、ということでしょうな。

◆ ◆ ◆

大谷 では、そろそろハンブルグ戦に移ろうか。

川本 第1戦は国立へ行ってみましたがね、残念やが、あんなくたびれてはっきり言ってだ、やる気のない大物を相手にだよ、ヤングパワーが爆発したと喜んでいるのはどうかと思うな。ゼーラーにしろ、シュルツにしろ、ワールドカップのフィルムで見たプレーと比べてごらんよ。

大谷 実は、こんなことをいえば実も花もないかも知れないが、ビルト・ツァイトゥングという新聞社の記者に、実際にハンブルグの出来具合はどうやと聞いたところがや、第1戦について言えば前半が55パーセント、後半が35パーセントの出来や言いよるのですよ。少しは誇張しているとしてもね、これを抜きに考えてはいかんな。

川本 ここでまた苦言になるがだね。まあ若い連中はよく走った、ゼーラーあたりをよくマークした。これらのことは一応試合進行上に現われてはいる。それで自信を持たせるのは悪くない。しかし、それが力の関係を現わした事実だと考えてしまうのはいかん。もう一つは、お前はゼーラーを抑え切ったではないか、などと指導者などが言っておだてること、これもちょっと考えものだね。なるほどヤング・パワーはあの試合に限っては良かったよ。だが、ちゃんと目を開いている相手じゃなしに、寝ぼけとる相手に対していいプレーをしたという点を割引かないといかんね。あの相手がちゃんと目を開いてやっているときに、高田が果してあのようなサイドから深い切込みができるかということだよ。ただね、ああいう切込みのようなプレーを彼らがしたということは非常によろしい。最近の古い連中はもうようしない。そこはやっぱり若さのいいところだ。ただ、あれができたといって、それが一流に対して通用したと思ってくれては大変困る。

大谷 あれがいつも誰に対しても、出てる実力と思ったらいかんということですな。

川本 そう。早い話が高校からぽっと出てプロ野球にはいってはじめは本塁打を思いのほかにポンポンと打ったが、それをもって将来の長く続く選手の真価につながるかどうかは別の問題だ、というようなものだ。高田、永井にしても、あの程度で大成の見込みがついたように喜んでいるようでは、むしろだめだろうね。

大谷 従来になく積極的な気分でプレーしていた点が良かったと思うので、技術は別問題だと私も思う。

川本 古い連中がとても試みようとしないことをやった点が非常にいいだろうということで、それが成功したからといって、それだけの力があると思ったら大間違いだという意味で、その辺はよく判断してもらいたいな。

賀川 若手は若手でまあ、色々いいこともあったが、実はあれでブラジル人が一人いなかったら、あんな風になっていたかは分らんですよ。

川本 そこだよ。本当に試合を支えたのは釜本であり、小林であり、小城であるのだ。そこをはっきりしておかないといかんのだ。この三人がいてあの試合が一応やれたのだよ。だから、これに関してもう一度繰返していいたいのは「選手をおだてるな」ということだ。もうおだてる時代はすんだ。沖縄返還で戦後は終りだ。まあ、ここ20年近くは、どうもおだてないといかんような時代が続いてきたが、もうそうした考えは払拭すべきだよ。もうおだてて選手をうまいこと持ってゆこうという考えは捨ててほしい。そこから自立性というものへ結びつけていかないといかん。例えば、ゼーラーをマークした川上は日本の歴史を変えた、などと馬鹿なことを言うとるが、その時代やない。戦後はすぎたとはっきり認識してもらわないとね。


(『イレブン』1972年3月号)


<試合記録>

全日本サッカー選手権(天皇杯)決勝

三菱重工 3−1 ヤンマー
1972年1月1日 東京・国立競技場
主審:倉持
試合開始:13時00分

横山      赤須
菊川      カルロス→阿部
大仁      湯口
落合      浜頭
片山      北村
足利      吉村→木村
森        小林
大久保     松村
高田       今村
細谷       釜本
杉山       三田

得点:大久保(61分)釜本(75分)杉山(78分)菊川(81分)


日本 2−3 ハンブルガーSV
1972年1月9日 東京・国立競技場
主審:永嶋正敏
試合開始:14時05分

横山謙三         アルコー・エスチャン
山口芳忠         ヘルムート・サンドマン
小城得達         マンフレート・カルツ→ペーター・ノグリー
川上信夫         カスパー・メメリンク
藤島信雄→古田篤良 ハンス・ユルゲン・ヘルフリッツ
荒井公三         ヴィリー・シュルツ
足利道夫         オーレ・ビョルンモーゼ
小林ジョージ       クラウス・ツァチク
高田一美         ウーベ・ゼーラー
釜本邦茂         フランツ・ヨーゼフ・へーニッヒ
永井良和→藤口光紀 クラウス・ビンクラー

監督:長沼健    クラウス・オックス

得点:オーレ・ビョルンモーゼ(23分)クラウス・ビンクラー(28分、74分)釜本邦茂(46分)高田一美(72分)


(後藤健生『日本サッカー史 資料編』双葉社 2007 p.108より)


*関連リンク

ウーベ・ゼーラー(Wikipedia)
Uwe Seeler(YouTube)

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