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プロと対戦する意義は何か 

話の弾丸シュート第3回
聞く人 小山敏昭(共同通信・大阪支社運動部)


日本のサッカーファンが待ちに待った西ドイツの強豪プロ、バイエルン・ミュンヘンがやってきた。29歳のキャプテン、というより“皇帝”の異名をとる世界のスター、フランツ・ベッケンバウアーをはじめ、“爆撃男”G・ミュラー、“鉄の足”シュバルツェンベックなど日本のファンはそのプレーにすっかり魅了されてしまった。
だが「ベッケンバウアーは別としても、チームとしてバイエルン・ミュンヘンよりもアーセナルやボルシア・メンヘングランドバッハの方が印象に残っているよ」と厳しい目を向けられる人がいる。川本さんだ。今月はこうしたバイエルン・ミュンヘンの来日のことやふがいない日本代表のことを伺ってみた。


素晴らしい皇帝のドリブル

――バイエルン・ミュンヘンが来日しましたね。

川本 うん。しかし本当言ってまたか、という気がしたんだ。過去に来日したチームと比較して、チームとしてはその試合内容などからいい点を与えられないからね。まあ中盤の選手らが来日できずに、若い選手が継ぎ役になっていたので仕方ないけどね。その点、イングランドのアーセナルが非常によかった。これがサッカーだという感じのものを残していったからね。残念なのは日本代表がそのいいものを吸収していないことなんだが…。

――中継ぎがまずかったという点で、点取り屋のG・ミュラーが生かされるチャンスがそうなかったですね。

川本 まあ今季西ドイツのブンデスリーガで中位に甘んじているという理由の何かがそこらにあるんじゃないかな。監督が突然変わったりね。

――しかしベッケンバウアーはすばらしかったと思うんですが。

川本 とにかく姿勢がいい。ボールを持ったときに背すじをピシッと伸ばした感じが実にすばらしい。それにドリブルをしていくときのボールの持ち方がいい。ボールが足についているような粘っこい持ち方をしている。ドリブルをうまくなるようにするにはこのボールを粘っこく持つことができるようにならないといけないんだ。そのためには、ボールにできるだけ多くさわることが大切なんだよ。

――ドリブルのすごさもそうだったんですが、パスのコースを読んだカットなんかもうまかったですね。

川本 うーん、新聞には“ベッケンバウアーがパスのコースを抑えていた”などと書かれていたけどねえ、こんどの日本代表との2試合に関する限り、そんなことはなかったよ。こう言っては失礼だけどベッケンバウアーのポジションは誰がやってもこなせたんじゃないかな。

――それはどういうことですか。

川本 それはね、日本代表の選手がボールを出す位置がそこしかなかったんだ。日本の連中はパスのコースをいくつも持っているわけでないから結局、ひとつだけ抑えておけばそれで十分だったんだね。何もベッケンバウアーでなくともそれは十分に読めることだよ。だからベッケンバウアーの真価は発揮されなかったと言ってもいい。

――僕らはいいポジションを取るな、パスをよく読むなと思って見ていたんですが。

川本 日本代表がだらしないからねえ。もしかするとベッケンバウアーはドイツに帰ってから、日本代表と対戦してカンが狂ってしまい、変調をきたすんじゃないかと心配すらしているんだよ。

――ところでそのだらしのない日本代表はどうでしたか。

川本 日本ではアマチュアの日本代表が、バイエルンみたいなプロと試合する場合、その大義名分は競技力の向上にあるんだ。それなのに日本代表は何度も何度も外国の強豪プロを呼びながら全く競技力の向上ができていない。何も吸収しようとしていないんだな。これではどんなにいいチームを呼んできても無意味に近いよ。日本代表の連中はバイエルン・ミュンヘンとなんか試合せずに、ことしの天皇杯の決勝や全国高校選手権の決勝を見ていた方がよっぽどよかったんじゃないか。

――それはどういうことですか。

川本 天皇杯の決勝にしろ、高校選手権の決勝にしろあのゲームはみんな面白く感じたに違いないんだ。理想のサッカーというのはドリブルとパスが半々なんだ。最近の国内ゲームはパスばかりでドリブルがない。この2試合はそれに反してドリブルが多く、パスとの割り合いが半々ぐらいだった。だから非常に内容のあるいいゲームになったんだよ。ところがどうだい、日本代表のゲームはいつもパスが8でドリブルが2の割合だ。その2のドリブルも相手と当たるドリブルではなくて無人地帯でやってるドリブルも含まれているんだからね。ドリブルの重要さが全く理解されていないんだから。当然面白い、いいゲームができるわけはないだろう。

――話題はそれますが、永大の選手たちは外人につられてずいぶんプレーがうまくなっているような気がするんですが。

川本 うん。確かにうまくなっている。ドリブルなんかもできるようになっているしね。特に左サイドの、鈴木といったかな、小柄だが、ボールを持ったときの態度がでかく、非常に気にいった。それは大切なことなんだよ。ジャイロ、ジャイールという連中の影響もあるがね。いずれは1対1のドリブルやサッカーに大切なものを忘れている三菱なんか食われてしまうに違いないよ。


“グラウンドの外に出る”

――ところでベッケンバウアーがうまいドリブルやパスを見せてくれたのですが、なにか基本でもあるんですか。

川本 それではパスやドリブルを成功させる基本的なことを話そうか。それはね、パスをしようと思ったら、ドリブルの真似をすること、ドリブルをしようと思ったらパスの真似をすることなんだ。しかしほんとに強い相手とやるなら、見せかけではだめなのだ。まず自分でもドリブルをする気になることだ。
 また、ドリブルを成功させる前にパスをしようと見せかけるのではなく、自分でもパスをする気になることだ。自分がその気にならなくては、自分と互角、あるいはそれ以上の相手はついてこない。
自分がドリブルをしようとする気になってドリブルをしようとする。それに対して相手が反応する。そのときに今度はパスを出すわけだ。はじめから見せかけの動作や相手をだましてやろうとする気では、よい相手ならその裏も読んでしまうだろう。こちらが何かする気になって相手をそれに引き込み、そこで自分のプレーを切り換える。それが本当のフェイントなのだ。だましてやろうという気でだませる相手はもうこれは楽なんだから…。

 山手樹一郎だかの時代小説にこんな話があった。ある若いサムライが悪者をつかまえて、何かを白状させようとした。だが、いっこうに白状しない。そこで若ザムライはどうせ生かしておいても仕方がない悪者「いっそ切ってしまおう」と、真剣を振りあげた。そしたら悪者は白状したというんだな。この話は本気で何かをやろうとしていると相手もそれにつられてしまうといういい例にもなっているわけだな。だからドリブルを成功させたいなら本気でパスをするような真似をするんだ。パスをしたいなら本気でドリブルするんだね。

川本 それに関連したことなんだが、1対1のマークをはずすうまい方法を教えよう。それはちょっと散文的な表現方法になるけど“グラウンドの外へ出る”といことなんだ。
 なにもプレーをやめるとかいう意味ではないんだ。自分の心をグラウンドの外へ出すんだ。何も考えないようにするんだ。ぼけーとして一瞬無機物になったようなつもりになるんだな。そうすると相手もつられて気を抜いてしまう。そこで自分が動く。そうすればマークは、はずれる。サッカーは、こうしたお互いの心理のからみの面白いゲームなのだよ。
 ちょっとベッケンバウアーからそれたかも知れないが、ベッケンバウアーのパスやドリブルのうまさというのは、まずパスをいま出すのか、いまドリブルを始めるのか、相手になかなか読まさないうまさがある、ということだ。パスそのものが正確である。キックについては次回にしよう。


(『イレブン』1975年3月号「話の弾丸シュート」)


<試合記録>

日本 0−1 バイエルン・ミュンヘン
1975年1月5日14時04分
東京・国立競技場
主審:丸山義行

横山謙三        ヒューゴ・ロブル
落合弘         ビョルン・アンダーソン
大仁邦彌        フランツ・ベッケンバウアー
川上信夫        ゲオルグ・シュバルツェンベック
清雲栄純        ベルンハルト・フェルスター→ペーター・グルーバー
森考慈         ヨニー・ハンセン
荒井公三        ベルンハルト・テュルンベルガー
足利道夫        ギュンター・バイス
藤島信雄        クラウス・ブンダー→F・ミッヒェルスベルガー
今村博治→永井良和 ゲルト・ミュラー
釜本邦茂        カール・ハインツ・ルンメニゲ

監督:長沼健      監督代行:W・ケルン

得点:ヴァイス(5分)


日本 0−1 バイエルン・ミュンヘン
1975年1月7日14時02分
東京・国立競技場
主審:倉持守三郎

横山謙三        ヒューゴ・ロブル
落合弘          ペーター・グルーバー→ビョルン・アンダーソン
大仁邦彌        ベルンハルト・フェルスター
川上信夫        ゲオルグ・シュヴァルツェンベック
清雲栄純        フランツ・ベッケンバウアー
森孝慈          ヨニー・ハンセン→H・ヒーゲル
荒井公三→今村博治 カール・ハインツ・ルンメニゲ
藤島信雄        ギュンター・ヴァイス
足利道夫→古田篤良 ゲルト・ミュラー
釜本邦茂        ベルンハルト・テュルンベルガー
今村博治        クラウス・ヴンダー

監督:長沼健      監督代行:W・ケルン

得点:ルンメニゲ(1分)

(後藤健生『日本サッカー史 資料編』より)


第54回天皇杯 決勝

ヤンマー 2−1 永大産業
1975年1月1日
東京・国立競技場
主審:永嶋

西片    城山
北村    山本
松村    井上
浜頭    清田
水口    梶谷
吉村    ジャイロ
小林    ジャイール
阿部    松原
今村    中山
釜本    中村
堀井    鈴木→小崎

得点:釜本、堀井、中村


第53回全国高校サッカー選手権 決勝

帝京 3−1 清水東
1975年1月8日
大阪・長居競技場
主審:木村

小池    望月稔
森      近藤→望月常
新井    石川
加藤    岡田
松原    北村
鈴木    長沢
真山    内山
山田    太田
安彦    岩崎→大多和
広瀬    志田
田中    横山

得点:真山、安彦、広瀬、岡田


*関連リンク

・1974年ヨーロッパ・カップ決勝第2試合
 The 1974 European Cup Final: Bayern 4-0 Atletico (Part 1)(YouTube)
 The 1974 European Cup Final: Bayern 4-0 Atletico (Part 2)(YouTube)
 ベッケンバウアー #5、ミュラー #9、シュバルツェンベック #4

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