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技を磨けば心も磨ける 心を磨けば技も磨ける
話の弾丸シュート第5回
聞く人 賀川浩(サンケイスポーツ)
いよいよこの秋に迫った72年モントリオール・オリンピックのアジア地区予選。ファン誰もが“メキシコの栄光”をもう一度日本に再現して欲しいと願うところだが、三月初旬来日した若いスウェーデン・ナショナル・チームに3戦3敗。それも内容はスウェーデンの一方的なもので、日本代表は全くなすすべもなかったのだ。かろうじてFWの釜本、HB森が目立っただけで、あとの選手は巨漢のスウェーデン選手のかげに隠れてプレーどころではなかったようだ。
こんな状態でいったい日本はモントリオール行きの“切符”を手にできるのだろうか。今月は来日したスウェーデンチームのことや日本のふがいない原因などについて聞いてみた。
ベルリンの奇跡
――1月のバイエルン・ミュンヘンに次いで今年2番目のスウェーデン・ナショナル・チームの来日ということだったんですが。
川本 うん。じっくりテレビで観戦させてもらった。実にスウェーデンはいいチームだったね。チーム力からみてもバイエルンより上だったような気がする。試合も非常にサッカーらしかったし、サッカーの面白さを十分に出していたからね。
――川本さんは昔、スウェーデンと対戦なさったことがあるそうですが。
川本 そう、私もかつてスウェーデンと対戦したことがあったんだ。戦前のベルリン・オリンピックの時なんだが、その時に対戦したチームと今度のチームはよく似ていたね。とにかくかきわけてでも、押しつぶしてでもぶつかってくるところなんかそっくりだった。上背もあったし、ものすごく大きな選手ばっかりだったしね。ただ迫力は私が対戦したベルリン・オリンピック当時の方がはるかにすごかったね。だけどその時の日本は少なくとも今のチームより攻めたし、反撃したよ。
――そのとき日本はスウェーデンに勝って“ベルリンの奇跡”をやってのけたんですね。
川本 そう、そのとき日本はスウェーデンに勝ったんだ。優勝候補といわれたスウェーデンにね。相手は上背もあるし、高いボールを上げてガンガンくる、こちらはそのボールをとると絶対に球は上げず、低いパスでつないでいったんだ。まるでそれは水すましのようだったな。負けたスウェーデンにとってはよほどショックだったようで、敗戦の夜、サッカーの選手たちは秘かに選手村を逃げ出してしまった。それにスウェーデン国内では半旗が上がったとさえ聞いている。
――それに比べると今度の日本代表は何ですか、全く何もできなかったですね。
川本 まったくだ。日本の選手はみんな怯えちゃっていたからね。バイエルンのときはドイツの選手たちがなめていたせいか、襲いかかるようなことはなかった。ところが今度のスウェーデンのチームはみんなが襲いかかってきた。
――確かにあの大きな体でびしびしと襲いかかってきて、日本の選手が度々倒されるシーンが目立ったようですね。それに恐れてしまってパスひとつ十分につなげなかったみたいですね。
川本 まさにそうだ。今の日本の最大のウイークポイントがそこにあるんだ。
――と言いますと?
川本 今の日本の選手はボールを持ったときに自信がないから怯えてしまうんだ。ボールキーピングができないことが最大の理由なんだ。今ごろこんなことを代表の選手が指摘されるようではどうしようもないね。
――スウェーデンはそんなことを読んで中盤からでもどんどんつめてきたんですね。
川本 そう、日本の方は、自信がないから、つめてこられると全く見境がなくなってしまうんだ。韓国にもここ一番というときに勝てない理由もそこにあるんだ。
原点に戻れ
――川本さんが今までにもおっしゃられたドリブルやコントロールに自信がないからなんですね。
川本 うん。日本は全くそういうことができていない、だから日本はそれができないので“数の優位”でしのいできたんだ、数的な優位ということでね。ところがそれからまったく脱皮していない、つまりボールの持ち方という一番大切なものをやっていないんだな。だから私は「今までやってきた日本のサッカーはやめろ」と言いたいんだ。
――日本のサッカーももう一度原点に戻る必要があるわけですね。
川本 そう。もう一度サッカーの原点にね。今のサッカーはボールを持ったら怒られる。しかしサッカーというのはボールを持つことなんだ。走れ走れという前にボールの持ち方を勉強しなくてはいけないんだ。今の日本だったら持ち過ぎと言われるぐらいの方がよっぽどいいわけだ。剣豪の宮本武蔵の著になるという五輪書(ごりんのしょ)という本の中に「技を磨けば心も磨ける」「心を磨けば技も磨ける」というくだりがあるんだ。これをサッカーに当てはめれば技というのはボールコントロールということになる。ボールコントロールを磨けば心も磨けるのだ。サッカーはボールコントロールの解決がすべてだ。
――ボールを持つことがサッカーでいかに重要かが、そしてどうして日本が弱いのかが分かったような気がします。
個性を生かせ
川本 ところで選手の中にはファイトを表に出せる人間と出せない人間がいる。表に出せる選手はいいが、自分は表に出せないといってそれにこだわることはないんだ。五輪書にもあるようにじっくり技を磨けば自然にできてくるものなんだよ。いってみればその人に合ったやり方、練習法でやればいいんだよ。
――人には人のやり方があるというわけですね。
川本 そう。人にはそれぞれもって生まれたものがある。たとえば昔、私が早大にいたとき早大というのは全員がワッといくようなムードがあった。だけど私はやらなかった、口の悪い仲間は慶応タイプだなどといっていたけどね。だけどそれでいいんだと思う。ベッケンバウアーにしたって決して表に出さない人間だしね。
――そう言われると、今の日本の選手たちは全く個性がなくなってしまって、みんながみんな同じことをしているようですね。
川本 コーチや監督に重要なのは選手の持って生まれたものを見分けるということなんだ、つまり個性をつかむということだ。前にも言ったと思うけどチームプレーの本当の意味は選手個人個人の個性を十二分に発揮させることだ、そういった意味で今の日本のコーチングスクールはつぶしてしまった方がいい。今のままだったら選手の個性というものがなくなってしまうよ、悪洗脳されたコーチたちではもうだめだよ。
――何か日本の長沼監督も壁に突き当たっているようですが。
川本 そう。もう平木コーチを含めてどうしていいのかわからなくなっているのと違うかな。結局考え方の転換ができなくなってしまっているんだ。言ってみればもう破局を迎えているわけだ。
――ではもうモントリオール・オリンピックは無理なんでしょうか。
川本 なんとも言えんね。ただ要望したいのはモントリオールという看板を早くおろすことだね。そして早く発想の転換をすることだ。それが今の日本に必要なことだよ、ボールにさわる時間も短かければ、選手ひとりひとりの自主性もない。そのうえ選手の個性が生かされなければ期待するほうが無理と違うかな。
(『イレブン』1975年5月号「話の弾丸シュート」)