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サッカー 故里の旅 第2回 ウエンブリーで見たイングランドの新しい波

形勢変えたマクマナマン

“イングランド、いいですネ”――少し離れた席からGさんがやってきて、こう言う。
「前に出ようとする気構えが強くてイングランドらしくていい。特に17番のマクマナマンの突破力が素晴らしい」などと答える。
 6月8日、ヨーロッパ選手権第一日、開幕カードのイングランド対スイスは、前半の45分を終わってハーフタイムに入っていた。スコアは1−0、シアラーのシュートでイングランドがリードしていた。
 昨年のインターナショナル・チャレンジトーナメント、ブラジル、スウェーデン、日本と戦ったときのメンバーが多いが、新しい顔も見る。
 何よりガスコインが、昨年よりコンディションが良いだけにファンの期待も大きい。
 バックラインはアダムスと新しいサウスゲートを中央に、右に若いG.ネビル、左にベテランのピアース。MFは右にアンダートン、中にインスとガスコイン、左にマクマナマンを配しトップの2人はおなじみのシアラーとシェリンガム。
 開始後しばらくスイスの元気なプレーが目立つが、イングランドも両サイドからの攻め込みが増える。ただし、センタリングを蹴る位置がゴールラインから遠く、もう少し食い込んでからの方がいいのにと思う。
 スイスは、トルコ系のトゥルキルマズの反転と左のキックがチャンスを生み、7万6000人のほとんどをひやりとさせる場面もあった。
 互角の形勢を変えたのが、マクマナマンのドリブル、左から中へ入って右足でシュートした。ゴールを外れはしたが、彼の突破によってイングランドが勢いづく。サッカーの試合では、ひとつのシュート、ひとつの突破が、たとえ得点にならなくてもその後のチームの勢いを変えることがあるが、名門リバプールの24歳のマクマナマンのスピード突破がそれだった。
 22分、シアラーが相手DFの裏へ走り、インスからのパスを受けて、右のニアポスト側にズバリと決めた。
 スリムな体つきで動きの量が大きく、守備にからんでいて、チャンスと見るや前線へ飛び出すマクマナマン。その動き出しの早いのは日本の森島(寛晃)に似ている。リーチがあり、細かいステップもできる彼のようなプレーヤーがいるのは、パスの名手ガスコインにはやりやすい。
 代表チームで14試合得点のなかったシアラーがゴールしたこともあって、ハーフタイムの記者席はイングランドの勝利に傾いていた。
 それが後半に変わるのだからサッカーは面白い。


後半に動きが落ちる

 ヨーロッパの中央部、アルプスで知られるスイスは、フランス、イタリア、ドイツ、オーストリアに囲まれていて、それらの地方に接するところでは、それぞれの言葉を語る。したがって選手にはイタリア系、フランス系、ドイツ系、さらにはスペイン系とさまざまだ。前述のトルコ系もいて、気質も違えば、ボールの持ち方やステップの踏み方もさまざま。その異質のものが、なんとなくまとまるところに、監督の腕ばかりでなくスイスらしさがあるのかも――。
 そのスイスの動きが一向に落ちないのに、イングランドに前半の鋭さがなくなってきた。何人かは故障が回復したばかりで、コンディションが充分でないこともあるだろうし、大会前のアジア遠征の影響もあるようだ。この遠征は飛行機内で、ガスコインが誕生祝にハメをはずし、それが写真入りで新聞に掲載されて批難されたこともあった。
 シェリンガムをバーンビーに代えマクマナマンをストーンに代えた後3人目の交代はガスコイン。プラットが後を引き受けたが、90年W杯対ベルギー戦の殊勲者(ガスコインのFKを得点)も、この日は前へ出られず防戦一方となる。
 守勢もあまり長く続くとミスが出る。ついにサウスゲートのヘディングがグラッシのところへ落ちた。
 グラッシが反転して浮かせたボールが、カバーしようとしたピアースの胸に飛び、両腕ではさむ形となった。偶発的なハンドだが、レフェリーはPKを宣告した。
 トゥルキルマズの左足は的確に右下へ送り込み、しかも一呼吸、タイミングをずらせていた。
 1−1。ピアースには気の毒だが、攻められ続けた結果だった。


66年と同じ、引き分けは希望の印

 せっかくのリードも引き分けに終わった。後にスコットランド、オランダとの対戦があるだけに、良いスタートとはいえないだろう。
 ただし、私は、イングランドの後半に失望しながらも、その後半に登場した2人を含め、マクマナマン、G.ネビルらの24歳以下の選手たちにイングランドの技術の進歩を見た。ガスコインやインスが本来の力を出せば、こうした若い波は、イングランドに希望を持たせるハズだ。
 大きなトーナメントの初めは負けなかったことを喜ぶべきだろう。
 1966年W杯優勝のときのウエンブリーでの開幕戦でもウルグアイと引き分けたのだった。


(サッカーマガジン掲載)

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