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サッカー 故里の旅 第6回 “信頼に足るドイツ”の新星ブライトナー、ブレーメをつぐツィーゲ

「やれやれ、これでニューキャッスルまで楽に行ける」。ラゲージを預けハンドバゲージの検査を通ってラウンジへ入って、バーで軽食を取る。
 バナナ1本、トースト2枚、ソーセージ2本、紅茶とミネラルウォーター、合計4.44ポンド(732円)。
 1996年6月10日、朝のマンチェスター空港。8時30分出発のGX713便の搭乗まで20分はあった。
 8日にウエンブリーでイングランド対スイスの開幕試合を取材し、9日はマンチェスターに移って、ドイツ対チェコを見た。そして、この日はルーマニア対フランスのためにニューキャッスルへ向かうところだった。
 熱い紅茶を飲みながら10日付のタイムズ紙を読む。1面はイングランド代表の記事、ベナブルス監督が選手たちに2日間の休みを与えたことを報じ、「ライバルは練習、ホストはのんびり」といささか皮肉をこめた見出しをつけていた。
 開幕戦の後半にガタンと動きの落ちたイングランドだったから、さすがは老練の監督、思い切り良く休ませた、その決断に感心したのだが。
 スイスと引き分けるという期待外れに終わった代表チームと監督に対してメディアの論調は厳しかった。
 前日のドイツの試合ぶりについても、自分たちの代表に比べて――という感じ。ピーター・ボール記者の書き出しは「You can always rely on Germany」(ドイツ代表は信頼できるチームだ)といった調子で、ドイツがいかにもプロらしく、手堅く勝ったことを述べていた。


ピンチに積極的プレー

 キックオフから15分間はチェコのペースだった。というより、チェコが驚くほど鋭い動きを見せて、ドイツを押し込んだ。相手ボールのときのプレスも、ドイツのパスコースの読みも良かったからボールを奪う回数も多く、攻め込みも頻繁だった。チェコ・スロバキア代表の伝統的な“ゆったり”という感じよりも、ポボルスキーやネドビェドなどの速さが目立っていた。
 そのチェコの“意外”な鋭さに、やや戸惑った感のあるドイツに13分、コーラーが負傷しタンかで運び出されるアクシデントが加わった。もう1人のCBヘルマーとリベロのザマーとで組む中央の守りはフォクツの自信作のハズだったし、88年欧州選手権以来、90年W杯優勝経験を持つベテランの離脱に不安を感じるサポーターは多かったろう。
 ところが若いバッベルが入ってくると、ドイツのプレーが積極的になった。危機感が全員に、彼らのサッカーを思い出せたのか、ザマーが後方を2人に任せて、相手ゴール前まで攻め上がったのが、イレブンの攻撃志向の意識を高めたのか、ドイツの動き出しが急に早くなる。
 突っ立っているときのドイツ選手は魅力的でも驚異的でもないが、動き、走るときはまことに強い、ときには上手にさえ見える。
 26分に、その動き出しの早さとドリブルシュートでツィーゲが1点をもぎ取る。
 相手ボールを奪って、左CBのヘルマーが左前にいたボビッチの足元へ、長いクサビのパスを送ると、タッチライン際に前進していたツィーゲが中へ斜めに走った。ボビッチは相手を背にポスト役を果たしてツィーゲにパスを残す。もらった彼は一気にドリブル、追走するラータルに絡まれながら、迎え撃つカドレツをかわしてペナルティエリア外から右足でシュート、左ポスト際にグラウンダーで決めた。シュートの直前にラータルの右手でハンドオフされ、崩れかけた自分のバランスを立て直しつつ、ボールを得意な位置へ持っていってシュートした復元力が目に焼きついた。
 左の攻撃的DFあるいはMFのポジションはドイツ代表では、74年W杯優勝チームのブライトナー、90年W杯優勝のブレーメがいる。左サイドから攻めてクロスを送る仕事と考えられているが、昔のウイングFWと同様このポジションのプレーヤーはエリアは左角、あるいはそれよりもなお狭い角度からのシュートを決める力を持つべきだと思っているから、彼の出現はまことに嬉しい。
 ツィーゲのサッカー・キャリアはGKから始めた(長身でバネがあるということ?)という。各年齢のドイツ代表を経て、フォクツのチームに入った逸材。23歳――、84年の欧州選手権で初めて見たブレーメも当時23歳だった。


メラーも本領発揮

 1点を先制されてチェコは早いうちの回復という荷を負わされ、ドイツは自分のプレーに自信を深めた。
 32分の2点目はその明暗のあらわれだった。チェコのクロスを防いで守備網を立て直したドイツに対して、左サイドでボールをキープしたチェコのネメツから中央のボランチ役ベイブルにパスが送られる。25ヤードから内側へ8人が守備体制に入っていたドイツはアイルツとメラーがベイブルに接近。ベイブルは、ボールを隣のフリーデクにパスしたが、このボールをザマーが奪い、左前方のクンツへ送った。そのときメラーが左前方へ走り出し、クンツからのパスを受けると一気にハーフラインをこえ、左サイドから中へカットインし、カドレツを内にかわしてエリア外、22メートルの正面から右足のシュートを左ポストへ、送り込んだ。
 メラーがドリブルを始めたときのチェコのDFは2人だけ。厚く守って相手の攻めを遅らせ、そのボールを奪って一気にゴールを奪う。チェコの守りに問題はあったとしても、ドイツの一人ひとりの判断の早さ、動きのスピード、プレーの正確さ(ポストプレー、パス、ドリブル、シュート)が結集したゴールだった。特にメラーは、これまであまり彼の良いプレーに接していないだけに嬉しい発見でもあった。
 搭乗のアナウンスが始まった。
 今日はどのようなゴールが見られるのだろうか。


(サッカーマガジン掲載)

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