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1986年メキシコW杯「深い位置からのスタートと斜行」

アルゼンチンはイタリアと引き分け、ブルガリアに勝ち、決勝ラウンドの1回戦でウルグアイを倒し、準々決勝でイングランドを破ると、あとは破竹の勢いとなった。準決勝でベルギー、決勝で西ドイツと、ヨーロッパ勢を倒して優勝した。炎天下、高地の試合で見せた彼らの運動能力の高さは、この面で自信を持つ西ドイツにもひけをとらなかった。
マラドーナは、試合を重ねるごとに充実し、どんな相手も防ぎようがなかった。イタリア戦でのボレーシュート、味方からのパスが地面でバウンドして高くあがったのを、自分もジャンプして高い点で捉えた左足のキックは、誰も予想できないタイミングだった。
イングランド戦での5人抜きドリブルシュートはこの大会の白眉だが、左利きのプレーヤーが、右タッチライン寄りでタテに突進し、途中から中へ持ち込み、最後にゴールキーパーをタテにはずして左足でシュートした一連の動作は、何度ビデオで繰り返して見ても、飽きることのない不思議さを秘めている。
ベルギー戦でも3人をドリブルで抜いてシュートを決めたマラドーナは、決勝の西ドイツ戦では、ドリブルでの突破の脅威をちらつかせながら、周囲の仲間を巧みに走らせるパスを出し、ゴールを決めさせた。対西ドイツの2点目(バルダーノ)3点目(プルチャーガ)は、このチームの特色を発揮したもの。どちらも、シューターが自陣の深い所からスタートし、ハーフラインの当たりで斜行した。バルダーノは右サイド から左斜めへ走り、ブルチャーガは中央左よりから右斜めへ走って、そのオープンスペースでパスを受け、あとはそれぞれゴールへ直進してシュートの態勢に入ったのだった。パスを受けるものが斜行することによって相手のマークをはずし、またオ フサイド・トラップにかかりにくくなっていたが、ビラルドが相手のDFを破るためにとった方策の一つだった。
82年スペインW杯で、イタリアのパオロ・ロッシが復活し、アルゼンチン戦での得点に絡んだとき“斜行”によって効果的な攻めをしたのを憶えていた。これは、おそらくロッシというゴールを奪う感覚の優れた選手が自然につくったプレーだろうが、86年のアルゼンチンは、チームの戦術として採用していたところが興味深い(ビラルドは、DF、つまりサイドBKや守備的MFの後方からの攻めあがりにも、縦にまっすぐ出るだけでなくて、あいたスペースがあれば、フィールドを斜めに突っきて、そこへ行くことも指導していた。)
こうした戦術の理解のため、ビラルド監督はプレーヤーとの話し合いを重視してきた。1987年1月24日のゼロックス・スーパーカップで南米選抜が来日したとき、一日だけの合同練習しかしていない選抜チームをまとめるために、監督はマラドーナと2時間のミーティングを2度持っていた。当時、足を故障していたマラドーナの体調を含めての話し合いディエゴがどれくらいやれるのか、そして、彼を生かすために、どのような戦術をとるかなど、互いに理解を深めるための時間を惜しまなかった。
(サッカーダイジェスト1989年3月号より)

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