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第51回 番外編・クラブ世界選手権 相手の予想より早いキック。空間でなく時間で勝ったアルイテハド

アジア代表の黒人チーム

 サウジアラビアのチャンピオンでアジア代表のアルイテハドが、アフリカ代表のアルアハリ(エジプト)を倒し、南米代表のサンパウロ(ブラジル)と好勝負を演じた。
 大きく言えば、アジアのクラブチームのレベルアップの証(あかし)ということだろうが、私には、彼ら一人ひとりのボール処理の巧みさと、ここというところの勘所でのプレーのタイミングがとても面白かった。
 第1戦の相手、アルアハリはエジプトきっての名門で55連勝中とか。前半はボールを動かし、パスの展開も良くて、サウジの方が受け身になっていたが、後半にアルイテハドのプレーが積極的になり、プレッシングも強くなった。
 アジア地域に属してはいるが、このチームの大半は黒人で、それぞれの動きに特有のしなやかさと強さと速さがある。アフリカ代表であっても、エジプトはアラブ系が主力。技術はしっかりしていて、ボールのつなぎも下手ではないが、相手の強いプレスに対して逆を取れる者がいなくて、前へボールを運べなくなりバックパスが増えた。こういうときはサイドが頼みになるはずだが、この日は出来が悪かったらしい。右のエルシャタルなどは、二度もいいチャンスを潰していた。


唯一のゴールの伏線は

 両軍唯一のゴールは後半32分に生まれた。右からのクロスをファーポスト側でアルイテハドのモハメド・ヌール主将が決めた。右から送られてきたクロスは曲がりながら飛来し、GKエサム・アルハダリが飛び出したが叩き損ね、飛び込んだヌールが体に当て、落下したボールをシュートした。
 実は、この直前にもアルイテハドは決定的なチャンスを作っていた。
 それは意表をつくタイミングで送られたロブ(高いボール)からの攻撃だった。
 順序だてて言うと
(1)相手DFが苦し紛れに蹴り出したボールが左タッチライン沿いで大きくバウンドした
(2)その落下点でDFファラタがオーバーヘッドキックで前方へ
(3)高く上がったボールが落ち、再びバウンドしたのを
(4)前進していたセンターバックのアルモンタシャリが左足で受けて、すぐ前へ
(5)このボールが再び高く上がってペナルティ・エリア近くのモハメド・ヌールに渡る
(6)ヌールはこれを胸で、左のモハメド・カロンに
(7)カロンはこれをシュートした。
 強いシュートはGKに防がれてゴールはならなかった。
 このパスの後半部、ヌールからカロンへの胸に当てたパスもうまかったが、私には、オーバーヘッドキックから始まった高いボールが続いたあと、アルモンタシャリが、落下するボールを左足で処理しながら自分の前に落とし、それをそのまま左足で蹴ったところに魅力があった。


ゆっくりの動きの中で早さを選ぶ

 ボールを止めた足で、ほとんどノーステップに近い形で、その足で蹴るのは、若い頃にベルリン世代の名選手・大谷一二さん(朝日の故・大谷四郎記者の兄)に教えられたことがある。パスを出すタイミングを早める技術の一つだが、このときのアルモンタシャリは、空中のボールを左足に乗せて、下へ降ろし、それを自分のリーチいっぱいのところで、左足で蹴り、しかも浮かせたボールを送っている。左利きならではの仕事だが、高いボールが続いて、全体のペースが緩んだときにこのプレーをしたところに彼の勘があり、それに反応して落下点へ動いたヌールや、その左に並んだカロンたちの「あうん」の呼吸には感嘆するほかはない。
 得点できなかったのは惜しいが、ゴールを守る側、GKにも2人をマークするセンターバックにとっても、おそらく彼らの予測より早いタイミングでの相手の攻めはいささかショックであったに違いない。
 次のクロスに対して(ボールのコースも難しかったが)GKが取れなかったのは、彼の飛び出すタイミングが狂ったのかもしれない。
 この試合の前半にアルアハリが見せた展開は、スペース、つまりシュートの空間をつくる攻めであり、せっかくつくった空間でゴールを決められなかったのに対し、一方のアルイテハドが、瞬間のタイミングの違い――得点シーンも、ほぼ同じ空間で競り合い、ヌールのタイミングが正しかった――で勝ったところが皮肉であり楽しくもあった。
 アルイテハドの、こうした個人の「相手の予測より早いタイミング」のプレーは準決勝の対サンパウロ戦でも見られた。カロンは第1戦よりさらに生き生きとしていた。ただし、サンパウロの方はさすがに「予測より早い」だけでなく集団キープ(ジーコの言うボールポゼッション)によって、ゆったりしたペースで相手DFを立ち止まらせておいて、スルーパスという手を使った。予測より早いだけでなく、予測より遅いプレーで守りを困らせたから、第1戦より、私には内容の濃い試合となった。
 より早く、より遅くについては、また別の機会に――。


(週刊サッカーマガジン 2006年1月3日号)

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