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ゲルト・ミュラー(1)ペナルティーボックス内で威力を発揮、不滅の得点記録を打ち立てた爆撃機

 アジアカップでの敗戦で、いろいろ語られるようになった。選手一人ひとりの技術や速さや戦術力などについて、メディアもサポーターも関心を持ち、どの点が良くなかったか彼らの成長を見守り、励ましてほしいと思う。
 オシム激怒や、オシムが笑ったという見出しも面白いけれど、やはり試合はプレーヤーがするもの。彼らのプレーへの反応がその進歩を促すはずだ。
 チームを構成する11人は、それぞれの体や性格で違い、プレーに個性が表れる。
 広いピッチで戦うこのスポーツでは、よく走ることは大切だが、当然、その走り方に個性がある。小柄な選手は、よく走るのが当たり前。自分の話を出すのは気が引けるが、60年ばかり前に出場した東西対抗で、私のことをその試合評に「グラウンドを覆うような動き」と書いた人もあった。もっとも、口の悪い仲間は「“覆う”ではなく“這う”だろう」と言って笑ったものだが――。

 今週から取り上げるストライカー、ゲルト・ミュラー(3月20日号の第1号でプロローグ的に触れているが)は身長175cmで、ドイツ人としてはむしろ小さい方だが、といって、グラウンドいっぱいに駆け巡る選手ではなかった。
 ミュラーはスリムというにはほど遠い、太めの選手だった。味方の守備ラインに戻ったと思うと、すぐさま相手ゴール前へ走り込むといった中村憲剛や羽入直剛のような動きはしなかった。その代わり、彼の主戦場ともいうべきペナルティーボックス、幅40m余、縦16m50cm程度の広さで、彼は恐るべき威力を発揮したのだった。
 1974年ワールドカップ・西ドイツ大会のときのマスコットが、スリムな選手とちょっと太めの選手の2人、チップ&タップと名づけられた人形だった。誰とは言わなくても、ドイツ人はスリムな方はフランツ・ベッケンバウアー、太っちょはゲルト・ミュラーと察していた。

 ミュラーは1945年11月3日生まれ。ベッケンバウアーは同じ年の9月11日生まれだから50日ばかりの違いで、このチップ・アンド・タップのモデル2人は、バイエルン・ミュンヘンFCと西ドイツ(当時)代表の70年代の黄金期をつくった。“カイザー”(皇帝)と呼ばれて、最後方からチームを指揮したベッケンバウアーに対し、ミュラーは攻撃の先端、いわゆるセンターフォワード(CF)タイプのストライカーで“ボンバー”(爆撃機)と呼ばれ、不滅の得点記録を残した。
 66〜74年まで西ドイツ代表として62試合に出場して68ゴール、ワールドカップでは74年の優勝、70年の3位があり、70年は10ゴールを挙げて得点王に輝き、74年も、ヨハン・クライフのオランダとの決勝(2−1)の2点目、つまり決勝ゴールを決めている。
 72年には欧州選手権に優勝しているが、バイエルン・ミュンヘンでの記録もまたすごい。欧州チャンピオンズカップ3連覇(74〜76年)、世界クラブナンバーワン(76年)、欧州カップウイナーズカップでも優勝(67年)。
 国内では、ブンデスリーガ(ドイツリーグ)優勝4回(69、72〜74年)2位2回(70、71年)西ドイツカップ優勝4回(66、67、79、71年)などなど、リーグでの得点は427試合で365ゴール。得点王には68年(28点)69年(30点)70年(38点)72年(40点)73年(36点)74年(30点)78年(24点)と7度も。驚くのは34試合のリーグで1試合平均1得点以上のシーズンが3回もあること。なかでも72年の40ゴールは不滅の輝きを放っている。

 2006年のワールドカップで、開催国ドイツのミロスラフ・クローゼやルーカス・ポドルスキといったいいストライカーが働くのを見た。監督のユルゲン・クリンスマンも90年優勝チームのFWだった。ブラジルやアルゼンチンなどの南米勢、あるいは同じ欧州でもポルトガルやイタリア、そしてかつてのユーゴスラビアなどに比べて、技巧的にやや見劣りのするこの国の代表が、旧・西ドイツ時代からワールドカップで上位を占め、優勝を争ってきたのは、その体力やスピードとともに、いいFWを生み、得点力のあるチームをつくってきたことも大きいとみられている。
 そう言えば、66年、イングランドでのワールドカップで、ウェンブリーで開催国と決勝を争ったチームにミュラーの名はなかったが、主将でもあったウーベ・ゼーラーがいた。
 そうした先輩や後輩たちを含むドイツ代表ンストライカーの系譜の中でも、ゲルト・ミュラーの記録は隔絶している。
 昨年のFIFAマガジンだったかに、ベッケンバウアーが「ゲルト・ミュラーなら、今のサッカーでも1シーズン40点は取れるだろう」と語って、ちょっとした話題になった。  その後を受けて、ミュラー本人も「たぶん、できるだろう」と答えたという。その理由や、卓越した右、左のシュート、独特の反転、ポイントを嗅ぎ分ける直覚力などを、彼の試合を振り返りながら探ってみたい。


(週刊サッカーマガジン 2007年8月14日号)

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