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世界サッカーのモニュメント

 エスタジオ・センテナリオでの第1回ワールドカップでウルグアイは7月18日にペルーを1-0で破り、ついでルーマニア(4-0)、ユーゴスラビア(6-1)を連破し、7月30日にアルゼンチンに4-2で勝って初代の世界チャンピオンとなった。

 ヨーロッパから南米への船旅に、費用も日数もかかる時代であり、欧州勢はベルギー、フランス、ルーマニア、ユーゴだけ。アルゼンチン、チリ、ブラジル、ボリビア、ペルー、パラグアイ、ウルグアイの南米7カ国、メキシコ、アメリカの中北米カ国の合計13カ国による大会だったが、ウルグアイ国民、モンテビデオ市民の大会への熱意、そして、ウルグアイとアルゼンチン両国代表の優れたテクニックとエキサイティングな試合は、欧州からの特派記者によって世界に報道されて大会の人気を高め、プロ、アマの区別なく真の世界一を決めるというFIFA主催の世界選手権(ワールドカップ)が発展する出発点となった。

 スタジアムは、その後もウルグアイ代表チームのホームグラウンドとなり、また、ペニャロール、ナシオナルのふたつの名門クラブのホームとして使用され、多くの名勝負の舞台となって、ウルグアイの勝利、ペニャロールやナシオナルの南米クラブ選手権(リベルタドーレス杯)の優勝に沸いてきた。

 1980年12月末から81年正月にかけて、ワールドカップ優勝国を集めて「コパ・デ・オロ」(黄金杯)大会が行われたが、その開幕セレモニーのスピーチで、FIFAのアベランジェ会長は「センテナリオ・スタジアムはウルグアイだけでなく、世界のサッカーのモニュメントである」と讃えた。

(1987年 トヨタカッププログラムより)

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