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アイリッシュ・コーヒーと民謡
私の学生時代の恩師で、中世史の大家だった堀米庸三(ほりごめ・ようぞう)先生の随筆『歴史家のひとり旅』のなかに、こんなくだりがある。
「アイリッシュ・コーヒーは強烈で甘美な飲み物だ。一度飲んだらその味は忘れられない。それはまさに、あの陽気で善良なリメリックの人々と同じようだ。アルコールですみずみまで温まった身体をベッドに横たえていると、近くの教会から音楽と合唱の音が聞こえてくる。やはりアイルランドはいい、来てよかったと思いながら、ヨーロッパ旅行の第一夜の夢を結ぶ。明日は早朝ダブリンに飛ぶ」
この旅行は1959年5月下旬、ボストンの大学での研究期間のあと、ヨーロッパへ回った時のこと。リメリックはサッカーのクラブもある西側の町。先生の記述はホテルのテーブルに置いてあった、アイリッシュ・コーヒーの作り方にも及び、韻を踏んだ原文も紹介してあるが、ここではその日本語訳を抜き書きする。
クリーム 濃厚なることアイルランド訛りのごとく
コーヒー 強きこと友の手のごとく
砂糖 甘きことペテン師の舌のごとく
ウイスキー 滑らかなること、この国の機智のごとく
台付きのウイスキーグラスを温めたるアイリッシュ・ウイスキーを1/2オンスつぎ角砂糖を3つ加え
濃いブラックコーヒーを盃のふち1インチのところまで満たす
砂糖をかすかにかきまぜる
盃のふち一杯にクリームを入れる
上に浮くように軽く泡立てたやつを
(注意)クリームはかきまぜず、それを通して熱いウイスキーとコーヒーを飲むのが最上の風味……
堀米先生については、このシリーズのルーマニア編でも、紀行文を一部拝借したからご記憶の向きもあるだろうが、学者で、スポーツマンで、神戸商業大学予科(現・神戸大学)サッカー部の部長でもあった先生のヨーロッパ紀行は、いつ読み返しても随所に深い学識がのぞかれて楽しく、またまた登場願った。
日本でもアイリッシュ・コーヒーは飲めるようになったが、このコーヒーの作り方の表現は、アイルランド人の陽気でウイットに富んだ性格がよく表れている。
コーヒーだけではなく、アイルランドといえば、小学校のときの唱歌で、私たちはアイルランド民謡に馴染んでいる。そして、19世紀のあの大飢饉時代に、大量に新大陸アメリカへ渡ったアイルランド人、その子孫の中からJ.F.ケネディのように大統領になった人や、ハリウッド西部劇の巨匠ジョン・フォード、大スター、ジョン・ウェイン、美しいモーリン・オハラなどが誕生していて、“アイリッシュ”は今では私たち日本人にも非常に馴染み深い。
(サッカーダイジェスト 1991年3月号「蹴球その国・人・歩」)