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サッカー 故里の旅 第20回 98年型フランス・94年型ブルガリア 因縁の対決は新型の勝利に


ヘディングでフランス先制

 ワーッという声が、あちこちのテレビの前からあがった。
 フランスが先制したのだった。
 テレビのリプレイは、ジョルカエフの右CKが高く上がって、カーブしながらゴールの真正面、ゴールエリアのラインあたりに落下したのをCBのブランがヘディングしたのを映していた。ブラントもう一人の長身DFチュランがゴール前へ上がってきたのに対して、ブルガリアのFWのペネフと、もう一人、ヨルダノフ(だったか?)がマークしていたが、ボールは3人の上を越え、ブランの上に落下したのだった。

 96年6月18日、ウエンブリー競技場のすぐ近くにあるメディア・センターで、わたしは多くの仲間とともにテレビ観戦していた。この日、リバプールからロンドンに移動し、セント・ジェームズ・クラブというホテルにチェックインすると、すぐウエンブリーに来た。午後7時30分キックオフのオランダ-イングランドが主目的だが、他のグループの試合、特にニューカッスルでのD組フランス-ブルガリアをテレビで見るのもスケジュールのひとつだった。


93年11月 パリの悲劇

 この試合は両チームにとって準々決勝進出をかけていると同時に、2年7ヶ月前の94年W杯予選以来の、因縁の対決でもある。
 カントナやパパンといった攻撃陣を持ち、欧州第6組の予選リーグを93年9月まで首位を走っていたフランスだが、10月の対イスラエルのホーム試合を失って、2位に後退。そして11月17日の最終戦で3位のブルガリアと対戦した。ところはパリ、6勝1分け2敗のフランスは、引分ければブルガリア(5勝2分け2敗)に勝点1の差をつけて2位のままアメリカへ行けたのだが、すべての希望はラスト1分のゴールによって砕かれ1−2の敗戦、W杯出場はならなかった。
 わたしたち日本代表のドーハの悲劇と同じ悲しみをフランスのサポーターも味わったのだが、フランスとブルガリアは、W杯の予選で、その前にも2度のドラマチックな戦いを演じている。


プラティニ時代の対ブルガリア

 そのひとつは1962年のチリ大会の予選、欧州第2組でフィンランドと両国による3国リーグで、彼らはともに3勝1敗の同成績となり、ミラノでのプレイオフでブルガリアが1−0で58年3位のフランスを打ち負かし、記念すべきW杯本大会への初出場を果たした。
 16年後にフランスがお返しをする。1978年アルゼンチンW杯の欧州第5組予選、若きプラティニ、ロシュトーや経験豊かなトレゾール、バテナイらのチームは最終戦でブルガリアを3−1で破った。58年以来栄光が遠ざかっていた中での勝利をメディアは「現代のフランスの若者たちが、かくも闘志あふれる試合をするとは…」と絶賛したものだ。
 ミシェル・イダルゴ監督とプラティニ世代には、彼らの栄光の時代へのステップが、このブルガリア戦であり、この後を継ぐ、カントナ、パパンたちの世界への望みを絶ったのも、ストイチコフたちのブルガリアだった。
 2年後のW杯開催国として、全国民から上位を期待されている“98年型”フランス代表と、その関係者たちは、この対決でブルガリアを叩いておきたい――と願っているに違いない。


フランスの激しい意欲

 キックオフ早々からのフランスのミッドフィールドでの激しいプレスディフェンス、前後、左右から相手を囲んでボールを奪う、活動量と、かわされればファウルをしてでも相手を止めるタックルは、彼らのブルガリアへの強い対抗意識を表しているようだった。エースストライカー、ストイチコフに対するデサイーの守りや、粘着力のあるキープから攻めに出るレチコフに対する執拗なマークは、“華麗”なフランス・スタイルに“戦闘的”要素を加えたといえた。
 21分のCKからのヘディングのゴールはキッカーの技術と、長身選手による空中戦の強さを示したものだった。
 伝統ともいえるパス攻撃、ムリなく味方につなぎながら、突如として相手の意表を突く方向へ出てくるパスは、守りを厚くしているはずのブルガリアDFの小さな裂け目をみごとに見つけ出し、シュート場面をつくり出すフランス・サッカー特有の面白さをテレビは見せていた。
 しかし、そのヒザを打つほどの巧みなパス攻撃からでなく、2点目も停止球からのヘディング、しかも相手のオウンゴールだったのも、フランス的というべきか――。
 63分、左FKから、相手ゴール正面へのボールは、好位置を占めたブランを見て、急いでポジションを移してジャンプしたペネフの頭をかすめて、そのままゴールへ飛び込んでしまった。
 その6分後、ストイチコフのFKがゴール右上に決まったとき、メディアセンターから拍手が沸いた。元気づいたブルガリアが攻めに出て、ピンチに対してはオフサイド・トラップで防ごうとした。
 このやり方は、今のオフサイドトラップの適用では、時に命取りになる。負傷したFWのデュガリーに変わったロコが、カランブーからのスルーパスを受けて、GKをもかわして決めた3点目が、やはりオフサイドトラップの失敗からだった。
 テレビがスタンドのフランス・サポーターの喜びを見せ始めるとタイムアップ。
 画面のフランス選手の喜びを見ながら、わたしは彼らがプラティニ時代の栄光を取り戻すことを祈るのだった。


(サッカーマガジン掲載)

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