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サッカー 故里の旅 第21回 ウエンブリーの特別席で見る大一番、イングランド対オランダは


グアテマラの事故とヒルズボロ

 10月16日の中南米グアテマラのナショナル・スタジアムでの80人もの観客の事故死は大きなショックだった。  98年フランスW杯のCONCACAF(中北米カリブ海地域)予選、準決勝リーグで、ホームに迎えるコスタリカ戦を応援に集まったファンにこのような悲劇が襲いかかるとは――。犠牲者はもちろん、肉親、友人を失った人たちのことを思うと、誠に胸が痛くなる。こうした事故を見るとサッカースタジアムの設計や運営、整備にどれほど神経を使っても使いすぎではない――と思う。

 ワールドカップという大きな舞台を世界のために用意しようという日本のわたしたちも、安全対策をあらゆる面から考えたいものだ。
 幸い、今度の欧州選手権は、あの“ヒルズボロの悲劇”を経て、イングランドがスタジアムの改修やその管理運営に大改革をして向かえたビッグイベントだった。
 試合の模様、技術や戦術やプレーヤーのストーリーなどとともに、大会のそうした面にもふれてゆこう。そうした改革から、W杯だけでなく次世代の日本サッカー環境についても、皆さんとともに考えてゆきたい――というのが私の願いでもある。


特別席のブックメイカー

 さてその“EURO 96の旅”はウエンブリーでの大一番96年6月18日のオランダ対イングランド。
「GRANDSTAND RESTAURANT BANQUETTING HALL」と入場券に印刷された私の席は、これまでと違って、レストランやバンケットホール(宴会場)のある最上階の特別席。
 普通なら、入場券の表示が「ブロック」「ロウ」「シート」。数字で(スコットランド-イングランドのときは)第201ブロック、19列29番というふうに印刷されているのが、この日のチケットは「ブロック」のところが「GR]つまりグランドスタンド(特別席)。あとは席番号だけだった。
 メディアの数が多くて、こうした席まで開放した、いわば運営側の苦肉の策だろうが、放送席のブールさながらに、このブロックは透明の仕切りがあって、外の音が聞こえないのと、備え付けのテレビを見やすくするために試合中は室内灯を暗くするのが、ノートをつける私には不満。

 面白いのは、席の後方の広い通路の端、ラウンジのあるところにブックメイカー(賭け屋)の店があって、この日のウエンブリーでの試合のクジを売っている。
 女王陛下が競馬の馬を所有し、ご自分でも馬券を買うというお国柄だから、当然といえば当然だが、ウエンブリーでのバンケット・ホール・バルコニーで、サッカー・クジを買える手軽さになるほどなぁと感心する。

 感心ついでに、このラドブロークスというブックメイカーのクジを買う。
 イングランドの勝ち、スコアは2−1に5ポンドを支払うと、B5版くらいの印刷した用紙の「ENGLAND TO WIN」の欄のスコア、2−1のところへ、5(ポンド)の数字を書き込み、渡してくれた。
 どちらが勝つか、引き分けか、そしてその得点は、とそれぞれのスコアで掛け率が違うのはもちろん、「最初の得点者は誰か」「それは試合開始後何分か」というのもある。
 コンピューターのおかげで、ひとつの試合でもいろいろな組合せの賭けができる――と表を眺めながら、この賭けの利益からスタジアムの改装費が生み出されたのだ、などと思う。


シアラーの先制PK

 うろうろしているうちに、ベートーベンの第九の旋律とともに、両チームの選手が入場してきた。
 オランダのキックオフではじまった試合は、イングランドがスコットランド戦の勢いそのままの感じで、激しい動きを見せた。
 サウスゲートとアダムスのセンターバック、右のG・ネビル、左のピアースと並び4バックの前にインスがボランチ。彼を含めたMFはマクマナマンが右、ガッザ(ガスコイン)が中に、左にアンダートン、そして2トップというより、シアラーのワントップの後方にシェリンガムが自由に動くという格好。
 オランダの方は例によって3バック。中央にブリント、右にレイジハー、左にボハルデ、MFはビンター、ビチュヘ、デブール、そしてセードルフ。FWは右にジョルディ、左にフークストラ、中央がベルカンプ。
 1992年の欧州選手権で、ベルカンプを見て以来、このプレーヤーの第2列目からの攻め上がりの強さに感心はしているものの、トップのいわゆるセンターフォワードは“はまり役”ではないと見ていた。長身のストライカー、クライファートが不調らしいという。しばらく攻めあう両チームの配置をメモに書き込みながら、このラインナップなら、イングランドの勝ちとみたのは正解。あとは得点と心の中でニヤリとする。

 そして20分、イングランドに先制ゴールが生まれた。クライフの息子、ジョルディのシュートによる相手右CKのピンチをヘディングでクリアした直後、マクマナマンが右オープンへ疾走、しぇリンガムがそこへパスを送る。マクマナマンは方向を変え、スピードをゆるめて中へ入り、後方からのフォローを待って、走りあがったインスに短いパス。インスが自分の足の下を通すうまいとラッピングで前に出た時、かわされたブリントが足を引っかけた。それがエリアの中だったから、主審はPKを宣した。
 キッカーのシアラーは、ストライカーらしく右で強烈にたたき、GKファンデルサールは方向を読んで飛んだが、サイドネットへ飛び込んだボールの速さは防げなかった。
 マクマナマンの飛び出しがオランダDFを崩した、見事なカウンターだった。


(サッカーマガジン掲載)

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