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EURO92観戦記(2)パパンのビューティフル・ゴール


 フランスのエース・ストライカーのジャン・ピエール・パパンは、1次リーグで2得点、まさに、彼らしいビューティフル・ゴールだった。
 第1戦の対スウェーデン戦は、左サイドのペレズが右へ長いパス、それもDFの背後へ、斜めに通すパス(私の言い方ではスルーのクロス)が出て、ボールがDFの背後へ落ちてバウンドしたのを、パパンは頭で押して出て、ショートバウンドを押さえ込むように右足で蹴った。
 浮きやすいシュートを見事に低く、左隅へ強いコントロールシュートをしたうまさは、やはりパパンというべき。そのシュートのテクニックを活かす、位置の取り方から、シュート位置への入り方までも、また素晴らしかった。
 この攻撃は、相手の右サイドの攻めをアモロが自陣25m左で奪い、ペレズに長いパスを渡したところから始まるカウンターだが、ペレズにボールが渡り、相手守備ラインの前でキープした時、パパンは自分をマークしているDFから、少し右へずれるように動いた。おそらく、この動きは非常にさりげない感じだったから(急激な動きではないから)彼をマークしていたDFはボール(ペレズがキープ)の方を見ながら、パパンの動きを目で捉えられなかったに違いない。
 いわばパパンは、この瞬間に相手の視界から消え、その彼をDFが見た時は、すでにラインの後ろへ落ちたボールをパパンがノーマークで追っていたときだった。
 サッカーのパスは、ボールを持つ者と、受ける者の、こうしたタイミングのつかみ方で成り立ち、得点を生む――というモデルともいえた。


シュート位置への入り方

 ストライカーの条件は、シュートが正確(強さ、速さ、方向を含めて)なこと、そのシュートのためにのトラッピングやドリブル、あるいは身のこなしが重要だが、そうした技術を生かすための、ポジション――シュートの位置、自分が狙った地域でボールをもらうために、いつ、どのように、入っていくかが大切だ。
 対デンマーク戦のパパンの得点は、右サイドのカントナからのクロスをファーポスト側、エリアぎりぎりにいたデュランが受けて、ドリブルすると見せ、ヒールで外側のパパンに渡して、ダイレクトでパパンが決めた。
 これも押さえの効いた、申し分のないシュートが右下スミへ飛んだ。パスを出したデュランのうまさもだが、「ボールが来ればシュート」と、いつも体勢に入るところが、ストライカー、パパンの身上だろう。
 彼のようなストライカーを生かせるためにフランスにもう一度、80年代のMF四銃士(プラティニ、ジレス、ティガナ、フェルナンデス)の復活は、ないものねだりだが、このチームにもう一人、持ちこたえてキープできるトップの選手がほしい。期待されたカントナの出来が悪かったのも、パパンには不幸だった。


リネカーもノーゴール

 気の毒なのは、パパンだけではない。
 ゲリー・リネカーは、イングランド代表としての得点記録の更新を期待されながら、1ゴールも取れずに3試合で大会を去った。
 おそらくイングランド代表としてはこれが最後だろうが、最終戦ともいえるスウェーデン戦は、リネカーが前後、左右に動いてボールを受け、次々にチャンスを生んだから、彼のゴールへの望みも大きかった。イングランドの前半4分という早い時間のゴールも、リネカーが右に開いてパスを受け、ゴールライン近くからライナーのクロスを送ったのを、プラットが得意のボレーで決めたもの。リネカーが開いたときに、プラットが中につめる。あるいは、リネカーが後ろへ下がるとプラットが出るといった、この日のイングランドの前半の特長をあらわしたゴールだった。
 後半にスウェーデンが息を吹き返したように勢いづいて、ロングパスを多用し、長身選手による空中戦を挑んできた。イングランドのテーラー監督は、リネカーのトップでは勝てない――とみて、長身のスミスをリネカーに代えた。個人記録の更新はともなく、戦術的にも、リネカー・タイプのストライカーで1986年ワールドカップ・メキシコ大会の後半から、イングランドは国際的檜舞台での評価を受けるようになったのだから、その最終戦での交代、特に前半は調子が上がっていただけに、監督の選手起用は疑問視された。
 相手陣内へ入るところから、左右のどちらかに開いてボールを受け、そこで持ちこたえて、上がってくる味方にパスを出し、自分はもう一度ゴール前に現れてシュートチャンスを狙う。あるいは自分でチャンスゾーンに入り、そこから決定的なパスを出す――。あの、相手DFの鼻先を突っ切るように、ニアポスト側へ走り込んで一瞬の差でゴールを奪うリネカー。あるいは、90分間、攻防の外にいても、ドイツDFのたった一度のミスをゴールに結びつけたリネカー。イングランドの栄光復活の先頭に立っていたリネカーは、ナショナルチームから離れる。ただし、日本の私たちには、今度は生で“イングランドのキャプテン”を見る幸が待っている。


(別冊サッカーマガジン・サッカーEURO'92)

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