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ユルゲン・クリンスマン(6)白熱、10対10のオランダ戦で最高の働きを見せる


 90年イタリア・ワールドカップの第2ラウンド。16強によるノックアウトシステムの1回戦で、西ドイツ対オランダ(6月24日、ミラノ)は、私にはワールドカップ(W杯)で見た、数多くの生の試合の中でも、忘れることのできないビッグマッチの一つとなった。

 88年欧州チャンピオンのオランダ代表は、リヌス・ミケルスの後を継いだツイス・リブレヒト監督と、主力選手の不仲が大きくなり、大会直前にレオ・ベーンハッカーと交代。プレーヤーのコンビネーションも良くなくて、1次リーグF組ではイングランド、アイルランド、エジプトを相手に3戦3引き分け。ようやく第2ステージへ進出するというありさまだった。
 それでも、スター選手たちのために、彼らの専属のトレーナーを呼び寄せるなど、コンディションの回復に努めた効果が表れ始めていた。1シーズンのほとんどを、負傷のために試合から離れていたルート・フリットが復調の兆しを見せ、第3戦の対アイルランド戦では、自らゴールしたこともチーム全員の活力になっていた。

 キックオフ(午後9時)のしばらく前にフィールドに現れて、体をほぐす両チームの練習で、彼らの体格の良さと、一つひとつの動きの迫力に見入ったものだが、オランダの選手たちがパレルモ(F組のメイン会場)で見せた“低調”から抜け出し、別人のようになっているのに驚きもした。

 6月24日のこの日は、午後5時からトリノでもう一つのビッグカードがあった。1次リーグC組1位のブラジル対B組3位のアルゼンチン。負傷を抱えたマラドーナに率いられ、前評判の低かったアルゼンチンがブラジルに勝つという予想外の結果となった。

“驚き”は、ミラノのサンシーロ・スタジアムにもやってきた。
 西ドイツはGKがボド・イルクナー、DFは右がシュテファン・ロイター、左がギド・ブッフバルト、中央がユルゲン・コーラーと、クラウス・アウゲンターラー、MFがトーマス・ベルトルト、アンドレアス・ブレーメに、ローター・マテウスとピエール・リトバルスキ。そしてFWがルディ・フェラーとユルゲン・クリンスマン。
 キックオフ直後からオランダの積極的なプレーに目を見張る。フリットが左サイドでベルトルトをはね飛ばすようにしてターンし、クロスを送り、アーロン・ウィンターが飛び込んで西ドイツをヒヤリとさせる。ウィンターは、この後ももう一度ヘディングした。ゴールにならなかったが、気迫のこもったプレーだった。

 西ドイツも盛り返す。フェラー、クリンスマンの動きが鋭く、フェラーは右サイドで相手のミスを拾ってGKハンス・ファンブロイケンに大きな脅威を与えた。
 そのフェラーがドリブルで一人かわしたとき、フランク・ライカールトがスライディングタックルをした。これがファウル。主審はイエローカードを出す。このときライカールトにフェラーが何かを言う。それに対しても主審がイエローカードを示した。2人の葛藤の直後に退場劇が起こる。
 ブレーメの蹴ったFKが高く上がり、GKファンブロイケンがジャンプしてキャッチしたとき、フェラーが相手DFと競り合って走り込んだ。避けようとしたが、GKと接触して2人が倒れこむ。よくあるプレーの一つだが、ライカールトにはそうは見えなかったのか、走り寄ってフェラーの上にかがみこむ。再び2人がもつれる形になったとき、主審はレッドカードを両者に出した。

 スター選手が、2人同時に退場処分となった。
 予想外の事態に、場内はしばらく騒然。7万人あまりの大衆もちょっとしらけたムードになったが、平静を取り戻した両チームの試合は、再び熱を帯びる。
 マルコ・ファンバステンも、本調子ではないにしてもその美しいフォームのトラッピング、ドリブル、そしてシュートが出始めた。ロナルド・クーマンの長距離砲も飛んで、ゲームは緊張感を増す。
 西ドイツでは、クリンスマンとマテウスの大きな動きが目立つ。1トップとなったクリンスマンは、あらゆるところへ顔を出し、ドリブル突破を図り、キープし、時間を稼いで攻めをつくる。

「体格が大きくて、リーチが長い彼らにとって、11人同士の試合はピッチが狭く見えるものだが、一人ずつ少なくなって少しスペースがあるだけスピーディで面白いね」
 ハーフタイムで、サッカージャーナリストの大住良之さんと、こんな会話をしたのを覚えている。
 その、一人ひとりの動きの量の大きい“好試合”の中で、大きなストライドで走り、ターンし、攻撃を切り開こうとするクリンスマンによって西ドイツは、後半に一気に優位に立つのだった。


(週刊サッカーマガジン 2008年8月26日号)

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