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釜本邦茂(3)17歳、高2でデットマール・クラマーと衝撃の出会い“北海道のクマのままじゃない”

 1961年(昭和36年)の6月。山城高校2年生の釜本邦茂は、デットマール・クラマーに出会って、大きな衝撃を受ける。
 1925年生まれのクラマーは、このとき36歳。DFB(ドイッチャー・フースバル・ブント=ドイツサッカー協会)の選任コーチで、JFA(日本サッカー協会)の要請を受けて、64年東京オリンピックの日本代表強化にあたっていた。
 前年10月29日に初来日して約50日間の指導ののち、一旦帰国し、61年5月から約1年、62年、63年にも足を運び、64年は4月から6ヶ月間べったりという4年がかりの長いスケジュール。その2年目で釜本との出会いは関西地区の大学、社会人の優秀選手を集めての京都での練習会だった。
 高1のときに国体優勝、第39回高校選手権(61年1月)に出場した彼は、大会の優秀選手16人の一人に選考され、この年4月の第3回アジアユース(U−20大会・バンコク)の日本代表候補にも入っていたが、山城高校の都合で参加は辞退していた。その彼の才能を伸ばそうと京都協会の藤田静夫会長(第6代JFA会長)と岩谷俊夫(JFA技術委員)は、社会人、大学生対象の練習会に参加させ、クラマーに会わせたのだった。
 ついでながら第3回ユース代表監督は岡野俊一郎(第9代JFA会長、現・最高顧問)選手には横山謙三、杉山隆一、小城得達(メキシコ・オリンピック代表)や犬飼基昭(現・JFA会長)の名がある。

 デットマール・クラマーは釜本の技術を試し、自ら見本を示して、正確な技を身につけるよう指導した。
 体が小さく頭の毛の薄いクラマーがヘディングで返すボールの強さに驚き、一つひとつのプレーの正確さに感嘆した。
 来日2年目のクラマーは日本のプレーヤーの基礎技術の向上が必要なことを痛感し、代表選手にも基礎から叩きこもうとしていた。そして、各地を巡回し、地域の有望選手との練習会でも、基礎技術の大切さを説き、自ら範を示した。
 24歳の若さで、西ドイツ西部地域協会の主任コーチとなり、デュイスブルクのシュポルトシューレを任された、いわば指導の天才ともいうべきクラマーに巡り会えたのは、釜本にとっての大きな幸運であったのかもしれない。

 残念ながら、この時期、私は東京勤務だったから、この練習会での出会いは生で見ていないが、彼自身からもクラマーからも何度も聞いた。
 練習会の最終日だったかに、京都を訪れてクラマーと岩谷君に会ったとき、一番に尋ねたのは釜本についてだった。
「まだまだ体ができていないので動作のすべてが遅い。まるで北海道のクマのようだ。しかし、しっかり練習すれば良い選手になるよ」とクラマーは言った。
 2006年に私がクラマーの自宅を訪れたとき、日本代表のこの頃の寄せ書きを見せてくれた。
 その中で釜本は「I don't like HOKKAIDO kuma」(私は北海道のクマは嫌いです=いつまでもクマのように遅いままではいない)と、決意を書き込んでいた。

 昭和37年1月、西宮で開催された第40回高校選手権は40回を記念して900校の予選参加校から32校が本大会に参加した。
 釜本と山城高は、1回戦で日立一高(関東)を5−0、2回戦で中津東高(北九州)を8−0、準々決勝で浦和市立高(埼玉)を2−1で破り、準決勝で関学高を3−0で撃破した。
 二村昭雄のパスに突進してシュートする釜本の破壊力は素晴らしかった。決勝では二村が故障で十分に働けず、パスの供給者を失った釜本の威力も半減して修道高に敗れた。ここにはのちに早大と日本代表の仲間になる森孝慈がいた。

 一見、ゆっくりに見える動きのようで、走り出せば速く、シュートのときに体のバランスがしっかりしていた。
 小さな足の振りで送りこむ二村のパスがあまりにうまく、その二村が働けない決勝は気の毒だったが、私は釜本の一年間の成長に気を良くした。「このあと順調にいけば、東京オリンピックに間に合うだろう」。岩谷君とそんな話をした。
 クラマーに質の高いプレーを見せられて刺激を受け、二度のアジアユース参加でタイプの違うアジアの選手を相手に経験を積み、大学は早稲田を選んだ。
 当時、関西協会の理事長をしていた川本泰三さん(36年ベルリン・オリンピック逆転劇の最初のゴールを決めた)の勧めもあったはずだ。
 監督の工藤孝一さんは厳しい練習で有名だが、大きな目で選手を見る人、大器の伸びるのを見てくれるだろうと私は思った。
 関東大学リーグで、1年生の彼は爆発的威力を発揮することになる。


(週刊サッカーマガジン 2008年11月11日号)

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