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1986年メキシコW杯、大物を食って4強へ

 1980年、ヨーロッパ第2位となったベルギーは、相手にとっては「戦うのにイヤなヤツ」と見なされ、第三者からは「大物キラー」と見られるようになった。

 そして、1982年のワールドカップの開幕戦で、前回チャンピオンのアルゼンチン、78年の優勝チームにマラドーナを加えた優勝候補を破り、その評判をさらに確かなものにした。厚く守って、カウンター・アタックという典型的な強者に対する戦術だったが、マラドーナへのマークの厚さ、唯一のゴールを取ったときの、左のベルコーテルンからの確かなパス(ロブ)、アルゼンチンのオフサイド・トラップの裏をかく、パンデンベルクのタイミングと、ボールを止めてからの落ちついたシュートは、このチーム全体の目的意識がしっかりしていること、一人ひとりが役割をしっかり心得ていることを、改めて感じさせた。

 86年のメキシコW杯でも、ベルギーは準決勝でマラドーナのアルゼンチンと対戦し、今度は0−2で完敗するが、ベスト4へ勝ち上がることを予測できたものは少なかったハズだ。

 実は1984年のヨーロッパ選手権でベルギーは予選を勝ち抜き、フランスでの本大会に出場。そして、第1戦の対ユーゴを2−0で制し、2試合目の対フランスでも、ベルギーらしい粘っこい展開になるかと誰もが予測した。しかし、フランスの予想外の早いオープン攻撃に先制され、0−5の大敗。第3戦の対デンマークも、壮烈なゴールの応酬となって2−3で敗れ、彼らの大物食いも少しカゲが薄くなっていた。

 このような伏線があり、1次リーグは調子があがらず、決勝トーナメントへ進むのがやっとだった。

 レオン市での決勝トーナメント1回戦、ベルギーは1次リーグで素晴らしい破壊力を見せたソ連に対し、深い守りで相手のスピ―ドを殺し、リードされては同点に追いついて、2−2で90分を終了。ベルギーは延長戦に入って2ゴールを挙げ、勝利を握った。

 ベルギーはミッドフィールドを広げて相手のミッドフィールドを分散させ、クーレマンスのキープを楽にさせて、そこから攻撃に転じる。84年には若かったシーフォがゴール前でも強さを発揮するようになっていたが、このチームは、自分たちのプレーの限界を知り、一番得意な形をつくるうまさと、その得意な型での強さが、前評判の高かったソ連を倒した。

 準々決勝の相手スペインは、好調のデンマークを破っての進出で、ボール扱いの柔らかさとスピーディな動きでベルギーを苦しめたが、ベルギーは守勢に立ちながら、左からのカウンターで、クーレマンスがヘディングを決めて先制した。

 スペインはタイムアップ近くに同点とし、延長戦のあとPK戦となり、GKプファフが1本を防いで、ベルギーが5−4でPK戦をものにした。

 ベテランを軸とするこのチーム(29歳以上が6人)には、2試合を延長で戦ったあとの準決勝は、さすがに動きが鈍くマラドーナのアルゼンチンに敗れたが、それでも、試合の半ばにはベルギーペースの時間帯があり、アルゼンチンのビラルド監督は、ハーフタイムに、自分たちの得意なショートパスのペースを取り戻すよう注意していた。


(サッカーダイジェスト 1989年11月号「蹴球その国・人・歩」)

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