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釜本邦茂(14)メキシコ五輪B組、対ブラジル。ヘディングパスで渡辺正の同点ゴールを生み出す

 フィンランド代表が“仮想オーストラリア”というには、いささか力不足に見えたから、日本代表が国内メンバーだけで5−1で勝っても、手放しで喜べない。しかし、アジアカップ予選、バーレーン戦での敗戦の暗い気分を吹き払うきっかけになるだろう。
 岡田武史監督が起用し続けている岡崎慎司が2ゴール、香川真司が1ゴールを奪い、内田篤人が2ゴールを生むラストパスを送っている。長友佑都や安田理大たちを含めて19−22歳の若い世代のレベルアップぶりが見られたのは、2月4日のキリンチャレンジカップの収穫といえる。
 中盤に遠藤保仁、橋本英郎という二人のガンバ大阪MFが入ったことで、若い選手たちも“大人”のサッカーの効果を再確認したことだろう。プレーヤーが一歩一歩伸びていくのをスタンドから見守るのは、とても楽しいことだ。次の週の対オーストラリアでは欧州組を加えて、日本代表が何を見せてくれるだろうか――。

 さて、心に残るゴールハンターの釜本邦茂シリーズは、68年メキシコ・オリンピック。私たちが40年前に国際レベルのストライカーを持ち、チームワークのしっかりした代表チームの戦いを熱い思いで見つめていた日々。今回は、その1次リーグ第2戦の対ブラジル戦から話を進めたいと思う。

 10月14日にナイジェリアを3−1で破った日本代表は、八重樫茂生キャプテンの負傷というハンディを負う。
 ブラジルは第1戦でスペインに0−1で敗れていて、いわば背水の陣だが、彼らは日本代表についての情報を持ち、よく研究しているという。前年の夏に日本はブラジルに遠征して4試合を行ない、また67年に来日したプロフェッショナルの名門パルメイラスからも知識が伝わっているはずだった。当然、そのときに得点した釜本のことも聞いていることだろう。
 日本側の守りは、第1戦と同様にスイーパーに鎌田光夫、4FBの片山洋、小城得達、森孝慈、山口芳忠はクローズドマークでいく。リンクマン(MF)は宮本輝紀と釜本邦茂、FWは中央が桑原楽之、右が松本育夫、左は杉山隆一というメンバーだった。

 9分に相手の左CKから長身のCFフェレティのヘディングでブラジルがリードを奪う。GK横山謙三がマイボールという判断で飛び出し、そのためマーク役の小城は競り合わなかったのだが、横山の目に西日が入り、ボールを一瞬見失ったという。

 日本は後半に、桑原に代えて宮本征勝をMFに起用し、釜本をトップに上げた。彼の圧力でブラジルの最終ラインが後退し始め、日本の攻勢が強くなる。ブラジルはボールを奪えば、巧みな個人技でゆっくりキープし、タックルされると大げさな身振りで芝生に倒れて、時間稼ぎをする。
 3万人の観衆がこの時間稼ぎに口笛を吹き「ハポン、ハポン」の声援が高まる。  時間がどんどん過ぎていくなかで、日本は松本に代えて渡辺正を投入した。83分に杉山からクロスが上がり、ファーポストで釜本がヘディング。その落下点に渡辺が走り込み、スライディングして右足インサイドで蹴り込んだ。まさに起死回生の同点ゴール。

 この試合を観戦していたデットマール・クラマーはのちに、「0−1で時間が過ぎていくので、私は長沼監督に渡辺に代えようとアドバイスした。なかなか投入されないのでイライラした」と言っていた。(長沼)健さんのリポートによると、「ロスタイムを考えて、渡辺の投入時期を図っていた。残り13分とみて、彼を送り出した。同点にしたあと、残り5分というサインをピッチに送ったところ、すぐに主審の笛が鳴った。あれほどのブラジルの時間稼ぎをロスタイムにとっていなかったのだ」とある。

 八重樫というゲームメーカーを失った直後の試合。しかも、ブラジルという厄介な相手に先制されてのことだったが、第2戦を失えば、初戦の快勝も色あせてしまうことは、監督、コーチも4年前の“東京”で痛感していた。  その強い意気込みと、戦況を判断する冷静さが、土壇場での杉山のクロスとなり、長身のDFを相手にした釜本のヘディングパスとなり、渡辺のダッシュとなった。

 この日、スペインはアステカでナイジェリアと対戦して3−0で勝利を収めて、勝点4、得点4、失点0でB組のトップに立ち、日本は勝点3、得点4、失点2で2位(当時は1勝が2ポイント)。ブラジルは1分け1敗で勝点1で望みをつなぎ、ナイジェリアは2敗、勝点0で、ベスト8への希望はなくなった。


(週刊サッカーマガジン 2009年2月24日号)

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