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W杯 夢の大舞台に期待 〜伝わるか サッカー取材の興奮〜 By上杉 威彦

夢を見た。サッカーのワールドカップ(W杯)フランス大会で、日本代表は次々と強豪を撃破して堂々の3位。編集局はこの快挙に大騒ぎ。締め切り時間に追われながら、怒号が飛び交ったが、肝心の原稿が入ってこない。

世界のマスコミが一斉にフランス発で「日本、3位の快挙」を打電、衛星通信、海底ケーブルの国際電話回線がパンクしてしまったのだ。運動部デスクで紙面づくりをしていた私の頭は大パニック。「どうなってるんや!」。その叫び声で目が覚めた。

1968年のメキシコ五輪で日本代表が銅メダルを獲得した。私の入社前年のあの偉業を思い返しているうちに、今の「岡田ジャパン」とダブらせてしまったようだ。

長野五輪が終わると同時にスポーツマスコミは一斉に次のターゲット、W杯に目を向けた。6年目を迎えたJリーグが先週から“元気よく”開幕したことも、W杯への接続点。昨年は軒並み観客が減少。各チームとも現状に危機感を持ち、大幅なリストラを敢行したチームもあった。

そんな状況にもかかわらず、今年のJリーグ開幕戦9試合の入場者は約17万1,000人。昨年の開幕時と比較すると、1試合平均で約5,000増。予想以上のスタートが切れたのは、やはり“W杯効果”だろう。

4年に一度、世界を熱狂の渦に巻き込むW杯。昨年11月16日、日本代表がアジア地区最終予選でイランを破って、念願の初出場を決めた瞬間、ジーンときた。高校時代にサッカー部に籍を置き、プレーしていたこともあって、サッカー取材に思い入れが強いこともあるが、「夢舞台」ともいわれる世界一の超ビッグなイベントだけに興奮を押さえ切れなかった。

全世界のテレビ視聴者は前回の米国大会(94年)で約321億人(推定)。その2年後の96年アトランタ五輪の約190億人をしのぎ、サッカーが世界で最も普及したスポーツであることを裏付けた。


ファンだけではない。スポーツ記者にとってもW杯取材は“夢舞台”。前回までは外国勢だけの戦いで日本から特派員を派遣する新聞社は少なかった。今回は満を持していた日本の記者が大挙してフランスで取材合戦を繰り広げるが、専門誌以外の新聞記者の中には、日本が出ていなくてもW杯を追い続けた人もいる。

元サンケイスポーツ編集局長で、サッカー取材をライフワークにしている賀川浩さん(72)もその一人。サッカーの幅の広さ、大きさ、良さを体をもって感じ、74年の西ドイツ大会から毎回欠かさず、W杯を取材している大先輩である。小学4年で「蹴球(しゅうきゅう)」にとりつかれ、2歳上の兄(故人)とともに、神戸一中(現・神戸高校)、神戸商業大学(現・神戸大学)で活躍。全日本の兄、関西代表の弟とともに「神戸に賀川兄弟あり」といわれた。52年(昭和27年)に産経新聞に入社し、運動部長やサンケイスポーツ編集局長、同常務などを歴任。関西サッカー協会理事なども務め、今はスポーツライターとして健筆をふるっている。サッカー取材のノウハウを教えてもらったが、戦術やテクニック批評などは駆け出し記者には、とうてい真似できない。

なにしろ、クライフ(オランダ)やベッケンバウアー(ドイツ)の最盛期を見て、68年のメキシコ大会ではマラドーナ(アルゼンチン)がイングランド戦で披露した、あの5人抜きの興奮をスタンドから直に味わうなどキャリアが違う。


フランス大会1次リーグH組。日本はアルゼンチン、クロアチアの強豪と同じ組で、1勝1敗1分けで乗り切りたい。そうなると、外国側は「番狂わせだ」というかもしれない。

しかし、古くは36年のベルリン五輪で、初めて五輪に出場した日本は1回戦で、当時の強国スウェーデンに逆転勝ちしたし、68年のメキシコ五輪では銅メダル。そして96年のアトランタ五輪では優勝候補のブラジルを破った。いずれも番狂わせでの勝利で、賀川さんは「今回も番狂わせは有り得る」と断言する。

さらに、国の代表チームは社会情勢などにも、微妙に影響されるという。その好例がアルゼンチン。82年のスペイン大会では、前回の78年大会(アルゼンチン)で優勝したうえ、マラドーナが加わって、より強くなっているはずなのに、気合が入らず2次リーグで敗れた。その前年のフォークランド紛争と、マラドーナ自身のスペインのプロチームへの移籍問題も重なり、チームプレーに影響したのが敗因の一つ、と賀川さんは指摘する。

サッカーは個人の技術の集積でチーム力は1+1=2ではなく、3にも、5にもなる可能性もあるが、その時のアルゼンチンは周囲の要因などによって1+1=1.5にしかならなかった、というのだ。

こうしてみると、どんな強豪チームにも“番狂わせ”が生じる要素が潜んでいるように思われ、日本にとって追い風になるケースも…。

ともあれ「日本、1次リーグ突破!」というビッグニュースを大騒ぎしながら紙面で伝えたいものである。)


(産経新聞<夕刊> 1998年3月28日)

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