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プラティニのヘッド

プラティニは最高のストライカー!

 これまでの項では釜本邦茂選手の実際の試合での得点を取り上げ、ストライカーの技術講座としてきた。
 さてこの項から2回、ヨーロッパ選手権(1984年6月12日〜27日 フランス)での得点を取り上げることにした。
 このEURO84では優勝したフランスの攻撃サッカーが89ヶ国にテレビ放映されて世界中に強い印象を与え、チームをリードしたミシェル・プラティニ主将が、これまでより一段格上のプレーヤーになったと評価を高めたのだった。特に彼が、大会5試合で9得点を挙げたことは、彼が、ミッドフィールドの“将軍”(指揮官であるばかりでなく、最高のストライカーであることを改めて示したものといえる)。

 78年のアルゼンチン・ワールドカップ、82年のスペイン・ワールドカップ、そして84年欧州選手権と、私は足かけ7年の間に、フランス代表チームのヒノキ舞台での試合を見ることができた。それはまた、ミシェル・イダルゴ監督の“作品”が一つずつ段階を追って仕上がって行く過程でもあったが、このチームの軸となっていたミシェル・プラティニの成長と充実が、代表チームの成長と充実の大きな力になっていた。それまで、試合によって調子の上下が見られたのに、今大会では、調子の波は殆どなかった。ボールを扱う一つ一つのプレーに「勝つ」という意気込みがあり、得点への意志が感じられた。ミッドフィールドでジレスやティガナと共にパスを組み立て、ときに長いパスを出して展開に広さを持たせる彼の役割を果たしながら、ゴール前へ侵入してシュートチャンスを掴んだ。
 その中盤のプレーと同様に、卓越した技術に支えられて彼のゴール前のテクニックも多彩だった。その中でこの項はヘディングを取り上げる。


フランス代表の中でプラティニのヘッドは重要な武器

1984年6月12日
フランス1−0デンマーク(パリ パルク・デ・プランス)

 84欧州選手権の開幕ゲームは開催国フランス対デンマーク、1次リーグ1組の1回戦だった。このゲームの得点はわずか1点だったが、両チームの攻撃は誠に鋭く、見ている者も90分間緊張の連続だった。
 唯一のゴールは78分にプラティニの右足のシュートから生まれた。ジレスから、ゴール前のラコンブにパスが渡り、このボールを奪おうとしたニールセンの足に当たって転がるのを、ゴール正面にいたプラティニがシュート。ゴールのコースへ倒れるように飛び込んだブスクの頭に当たって方向を変え、GKクビストの逆を付いてゴールへ飛び込んだ。
 このゴールは、相手DFの頭に当たる、という幸運はあったが、プラティニのポジショニングの良さ、つまり、先にジレスが走ってボールをキープしたとき、ゴール正面のラコンブのすぐ後ろへ、プラティニが入り込んだところがポイント。いわばフランスの攻撃の厚味、第2列(MF)の上がりの速さに注目したい。

 もっとも、ここでのテーマはヘディングで、ここにある2つのシリーズは、いずれも、このプラティニの決勝点が生まれる少し前にあったチャンス。
 一つは右サイドからのバチストンのクロスに合わせたプラティニのヘディング。もう一つは左サイドからベローヌが送ったクロスに対するダイビングヘッド。
 前者、右FBバチストンのクロスは、このチームの攻撃の一つの型。大柄で頑健なバチストンは強いキックの持ち主で、この大会でも、対ベルギー戦ではFKを強烈なシュートでバーに当て(そのリバウンドをプラティニが押し込んだ)また、ユーゴスラビア戦では、やはり右からのクロスをプラティニに送り、プラティニの(ダイビング)ヘディングでの得点となっている。
 バチストンのライナーのクロスに対してプラティニが額で地面に叩きつけるようにヘディングし、デンマークGKクビストが賢明に防ぎボールはバーに当たって外へ出た。  この場面から(1)プラティニが、彼をマークしたベアグリーンよりも、一瞬早く、ボールのコースに入っているのが、まずポイント(彼のすり抜ける速さ)(2)強いライナーに対してボールを地面に叩きつけられる角度で頭(額)に当てていること(3)プレーの後も、ボールを目で追っているところ──が大切な点だと思う。


1メートル79センチの上背とバネが特徴

 もともとプラティニは上背(1メートル79)があり、体はしなやかでバネは強く、ヘディングはとても上手だ。
 MFやFWに長身選手の少ないフランス代表チームではプラティニのヘディングは重要な得点コースの一つになっている。CFやFKのときにも、長身のルルーや、ボッシらをゴールに送り込み、彼らとプラティニの協同作戦が空中戦での決め手だ。
 もちろん、彼に合わせるキックは普通、CFやFKはジレスが蹴る。ジレスは強い球も蹴れるが、それ以上に、短い距離でボールを浮かすチョップキックの名手。いわば硬軟強弱自在の球を蹴る。ジレスと左から長いクロスを出すベローヌ。前へ持ち上がってクロスを送ってくるドメルグ、そして右へ上がって強いクロスを送るバチストンと、ロブを送るキッカーも揃っている。

 ついでに、この84欧州選手権でのプラティニの得点を簡単に取り上げると、
 ・対デンマーク(1−0)前述の通り[プラティニ=右足シュート]
 ・対ベルギー(5−0)[プラティニ=3(1)FKがバーに当たったリバウンドしたのを拾う(2)PK(3)左FKを右ポスト前でヘディング]
 ・対ユーゴスラビア(3−0)[プラティニ=3(1)フェレリからのスルーパスを左足シュート(2)右バチストンからのライナーをダイビングヘッド(3)18メートルのFKを右足で]
 ・対ポルトガル(3−2)[プラティニ(1)延長後半の決勝点、ゴールマウスで、右のティガナからのパスを受け、一つ止めて右足でシュート]
 ・対スペイン(2−0)[プラティニ(1)22メートルのFK右足で右ポストへ] となっている。

 型を分けると、
 ◇FK2得点
 ◇PK1得点
 ◇ヘディング2得点
 ◇走り込んでパスを受けてシュート2得点(右、左各1)
 ◇リバウンドを拾う2得点 となっている。

 話を対デンマーク戦のヘディングに戻そう。得点にはならなかったが、右からのバチストンのライナーに合わせ、惜しくもバーに当てたのに次いで65分頃にもいいヘディングがあった。
 それは、左のベローヌのクロスだった。今ノートを見ると(12)−(10)−(11)、(11)が持ってクロス、(10)ダイビングヘッドと記している。
 ミッドフィールドから相手側へ入って、ジレスがプラティニにパスし、プラティニがベローヌへ振る。ベローヌはドリブルで進んで左からクロスを送る。ボールはゴールエリアの右角寄りへ飛び、プラティニがマークのベアグリーンと共にジャンプ、ボールに飛び付くようにヘディングした。球はわずかに外れて、観衆のため息を誘った。
 2つのヘディングは、得点にはなっていないが、彼のヘディングの特徴をよくとらえている。また、前半からプラティニを厳しくマークしたベアグリーンが、時間の経過とともにプラティニを押さえきれなくなってきているのも面白い。


バチストンからのライナー性のクロスは一つの“型”だ

1984年6月16日
フランス5−0ベルギー(ナント・スタード・ラ・ボージョワール)

 89分、ロシュトー(ラコンブに代わって後半中頃に入っていた)のドリブルに対するファウルがあって、右サイドのFK。すでに4−0とリードしているフランスだが、なお得点への意欲は十分。ゴール前には右からプラティニ、フェルナンデス、シクス、そしてその後方左にボッシが展開する。
 ジレスのキックは、一番近い右ポスト前のプラティニへ。プラティニは右前へ助走し、ジャンプして体をほんの少しひねった。プラティニの額に当てられたボールは急激に方向転換してゴール左ポストのサイドネットへ、きっちり吸い込まれた。
 このヘディングは、
 (1)ジレスのロブに対するプラティニの位置どりの早さ(ベルギーのマークは置き去りにされ)
 (2)上体と頭のひねりによるボールのコースの変え方──ニアポスト側でヘディングしファーポスト側のサイドネットへ送り込んだ──ところに注目したい。


1984年6月19日
フランス3−2ユーゴスラビア(サンテチエンヌ スタード・ジョオフロワ・ギシャール)

 70年代にフランス・サッカーの旗手となって、ヨーロッパのチャンピオンズ・クラブのカップ戦で活躍したサンテチエンヌは、またプラティニが、かつて働いたところ。いわば、古巣のファンの前で、彼は対ユーゴスラビアの全得点を決めるハットトリックを記録し、逆転劇に成功した。
 その2点目のゴール(62分)が右からのクロスに対する見事なヘディングだった。  右サイドでティガナがボールを持ち、外側を突進するバチストンへ。バチストンはドリブルしてゴール前へ早いクロスを送る。ユーゴスラビアのDFの間を縫うようにゴール正面へ飛んできたクロスを、プラティニがペナルティーキック・マーク辺りでとらえる。  腰の高さほどのボールに対して彼は頭から突っ込むようにダイビングし、頭(額)のヒネリで方向を変え、ボールはスピードにのって左ポストぎりぎりに飛び込んだ。
 このゴールは、前述した対デンマーク戦(得点にはなっていないが)の右からのバチストンのライナーのクロスに対するプラティニのヘディングという、ひとつの「型」のようで、プラティニにとって、この角度(ボールのコースとゴールとの)は自信があるように見える。


前のスペースに飛び込む型

 この4例では、彼のヘディングシュートは、先に落下点へ入って、垂直にジャンプしてヘディングする(釜本選手はこれが多い)のでなく、前を空けておいて、飛び込んでいる。
 もっとも、大会の他の試合のFKのときには、垂直ジャンプでのポストプレーや、CKで垂直ジャンプからゴールを狙った場面もあったから、ヘディングは、いろんな型をやれると言えるだろう。
 元来、代表試合の中でヘディングによる得点の少ないプラティニだったが、今大会で見せた得点意欲とヘディングの技術はしっかりしていた。

 1955年6月21日生まれのプラティニは1974年からプロフェッショナルとなったが、その頃から、すでにストライカーとしてもミッドフィルダーとしても、フランスのホープと言われていた。
 78年、82年の2度のワールドカップでは、ミッドフィールドの“将軍”という印象が強かったのが、ユベントスに移ってイタリアのリーグで2シーズンを経て(82−83は18得点、83−84は20得点で、2年連続リーグの得点王)ストライカーとしての素質が蘇ってきたと言えるだろう。
 攻撃を締めくくるストライカーが、ストライカーの目でゲームを組み立てれば、攻撃展開はより効果的になるだろう。かつてのペレがそうであったように、プラティニもまた背番号10を付けた、偉大なストライカーで、ゲームメーカーとなった。
 この項は、プラティニのゴール前の武器であるヘディングを取り上げてみた。彼の定評ある足のシュートは次の項にしたい。


(サッカーマガジン 1984年9月1日号)

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