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ゴールのための常識

戦術の基本の重要性

戦術の常識があったからペレやオベラーツと初めて組んでまごつかなかった
(釜本邦茂)


 最終項は、これまで述べたことも含めて、ゴールを奪うための常識、あるいは戦術の基本といったものを取り上げていくことにしたい。

 1984年8月25日のあの引退試合の翌日、釜本邦茂選手は、私とのテレビ対談でこう言っている。
 「長くやってこられたのは、体に恵まれたこと。ケガをしても膝という難しい部分の故障はなかったこと。負けるのが嫌いだったこと。そして技術的には若いうちに、基礎を教えられ、自分のこれというプレーの型を持ったこと。戦術的にも基本の常識というものを身に付けたこと」「引退試合で、ペレやオベラーツと生まれて初めて一緒にしたけれど、お互いに基本というか、サッカーの常識というのか、そういうものがあったから、パスなども割合スムーズにいった」──と。
 ゴールの大きさ、フィールドの広さ、そしてプレーヤーの数が決まっていて、人間の走る速さに限度があるわけだから、攻める、あるいは守についての基本的な戦術が生まれてくる。
 その考えについては、いずれ、詳しく話すチャンスもあるはずだが、ここでは、釜本の引退試合やヨーロッパ選手からの事例を上げておこう。


ペレ、オベラーツ、釜本の40代トリオが見せたゴールの基本

1984年8月25日
釜本邦茂選手現役引退試合(東京・国立競技場)
ヤンマー3−2日本リーグ選抜(2−0、1−2)

 この試合は勝敗を争うタイトルマッチではなく、一種のフレンドリーマッチ。引退していく釜本や、はるばる駆けつけた特別ゲスト、王様ペレや左足の芸術家オベラーツらの、“長老”に対して日本リーグ選抜に多少の“遠慮”が見られたのは当然だったが、そのおかげ(いや、それにしてもと言うべきか)で、40歳を越えた、ペレやオベラーツの、見事な技術を見ることが出来た。
 特に、リーグ選抜より明らかに劣勢のヤンマーにオベラーツが90分入って攻撃を組み立てたことで、試合は、誠に面白く、サッカーの楽しさを味わえた。
 その前半15分に釜本のゴール、彼の選手生活最後の得点が生まれ、国立を埋めた6万2千人の観衆を喜ばせた。

 それはまず中央のオベラーツから始まる。左サイドのオープンへ楚輪が動く、と見るとオベラーツは左足で得意の長距離パス。楚輪はこれを受けて縦にドリブルし、深く侵入して中へ返す。バックスとGKの間へ、鋭く通してきたボールに対して釜本は中央、右寄りからゴール裏に突進、正面で右足アウトサイドに当ててゴールした。

 ハーフラインから少し相手ゴール寄り、ほぼ中央の位置から、左タッチ沿いの楚輪へ振った(パスした)オベラーツのキックが、このチャンスの起点。中央に突進する釜本を見ていた選抜が右サイド(つまりヤンマー側の左)のスペースを空けていたこと、そこへ、楚輪が上がろうとしているのをオベラーツは読んでいた。
 オベラーツの好パス(走っている前へ、取りやすいボールが来る)を楽に取った楚輪が、充分中へ持ち込み、深い位置からボールを出したこと──。ゴールライン近くまで相手が侵入し、ボールを持っておれば、ディフェンダーの目は、ゴールライン近くに注がれるから、(この場合なら)右側(守る方には左側)から中央へ入ってくる釜本のポジションは視野に入れにくい。
 つまり自然にマークがおろそかになってしまう。
 釜本のラストゴール、引退試合のヤンマー先制ゴールは、こうして(1)内から外へ(2)外から内へ、という、最も簡単な、もっとも基本的なボールの動かし方から生まれている。
 もちろん、正面へ走り込んだ釜本の右足アウトサイドでのボールの捉え方が確かなことも、フィニッシュを成功させた原因でもある。こういうときにも、ボールを浮かさず、押さえ込むように、入れてしまうのが釜本の技でもある。

 2点目は、釜本がゴール正面やや右寄りペナルティーエリアのライン辺りから、ボールをすくい上げて前方へ落とし、オベラーツが走って足に当てて決めたもの。選抜チームのGKとDFの間に充分、意志が通じていなかったようだ。
 この得点と同じ型になりそうなのがもう一度あった。釜本がちょっと遠いところから、DFを内側へ外して左足でいいシュート(GKが防いだ)をしたとき内側へ外した瞬間にオベラーツがスルスルとゴールマウスへ走り込んでいた。シュートの体勢に入った釜本を、相手方も見ていたときだから、もしオベラーツにボールが出ておれば、完全に意表をついたことになったハズだ。相手が止まった時に動けば効果が大きいという原則がここにあった。

 3点目は後半の37分に右タッチラインで、釜本がスローインしてペレに渡し、ペレが右から中へドリブルして、左にいたオベラーツにパス、オベラーツがシュートを決めた。  ペレがボールを受けるとき、フェイントを交えてドリブルしているとき、選抜のディフェンスは“王様”に敬意を払ってぶつかりに行かなかったが、それでもペレの動きに、ディフェンスの注意が中央に引きつけられ(ディフェンス網の幅も狭くなった)た時に、オベラーツがちゃんと左側にいて、その彼にペレがパスをした。(1)外(スローイン)から内へ(2)内から外へ──だった。そして、オベラーツのシュート。これは連続写真で見てもらいたいほど、左足のワンタッチでボールを、自分の一番得意の左足で蹴りやすい位置に置いて、次に、同じ左足で、ピシャッとボールを叩いている。
 オベラーツが若いときに作り上げた、トラッピングとシュート(キック)の型は40歳になっても、きちんと残っていることを、このゴールは示している。


若いときの反復で自分の型

 この試合で見せた、ペレ、オベラーツ、釜本の40歳代トリオのプレーは、もちろん、彼らの体力から見て、リーグ選抜がガンガン行けば、そんなに上手くいかなかったろうが、彼らトリオの最盛期のプレーを実際に見ている私にとっても改めて感心させられる。
 彼らのプレーの型──釜本の右、左のシュート、ペレの胸のトラッピング、右足のシュート(あのボレーも含めて)。オベラーツのドリブル、左足で止めて、後方へ引くところ、左足のパスなど──のひとつひとつが、最盛期に比べて、「速さ」は落ちてはいるが、同じ型であり同じ手順であり、そして、プレーの中に、ちゃんと緩と急、いわゆる「タメ」が入っていたことだ。つまり、すべてが昔通り(速さは別にして)だった。
 若いうちに、自分のプレーを作っておくこと。そのために反復して練習することで、40歳までもこのレベルのサッカーを楽しめる例が、8月25日の引退試合だったし、ボールを内から外へ、外から内へ、外から内へ、中から外へ動かすことが、効果のあることもペレ、オベラーツ、釜本の120歳のトリオが見せてくれたのだった。


単純なサイドからの崩しで逆側を狙うポルトガルの攻撃

1984年6月23日
ヨーロッパ選手権準決勝(マルセイユ)
フランス3−2ポルトガル(1−0、0−1、延長0−1、延長2−0)

 1次リーグを3戦全勝の破竹の勢い勝ちで進んだフランスが予想外の苦戦をした準決勝。逆にポルトガルは、この白熱ゲームで一気に株を上げたのだった。
 ポルトガルはグループ・リーグ2組の3試合で1勝2分け、スコアは、
 0−0 西ドイツ
 1−1 スペイン
 1−0 ルーマニア だった。
 このチームはCFのジョルダンをトップに上げ、MFが5人、DFが4人というポジションの取り方で、相手の攻撃に対して深い守りを引き、ボールを奪うと、DFあるいはMFが突進してサイドから攻め上がり、クロスとゴール前へ送るという簡単な戦法だった。
 一人ひとりのボール扱いが上手で、体つきはスリムながら、ボールの取り合いで絡んだときに強く、ボールを持つとちょっとやそっとで奪われない。右DFのピント、左DFのアルバロ、MFのシャラーナのドリブルはどのチームに対しても威力があった。
 そして、このシンプルなサイドからのクロスという攻撃が73分と97分(延長、前半7分)にフランスのゴールネットを揺さぶり、フランス全土を大きなショックに陥れたのだった。



 1点目は……
 フランス陣に攻め込んだポルトガルは右サイドでネネ(MF)がボールを持ち、右の外、後方へパス、DFのピントが大きなクロスで、左へ振る。フランスのDFの手薄な地域へシャラーナが上がって、このボールを取り、左からゴール前へクロスパス。CFのジョルダンがヘディングを決めたのだった。
 早い攻め上がりから、大きくボールを(右から左へ)振ったことで、フランスの守備は散らされ、左からクロスが来たときには、中央のジョルダンへのマークにスキが出来ていた。



 2点目も同じシャラーナからジョルダンだが、今度はシャラーナが右サイドへ持ち上がって右からクロスを出した。GKバツを越え、ワンバウンドしたボールをファーポスト側でジョルダンが捕らえ、右足ボレーで叩きつけるようにシュートした。
 1点目は右から左へ振って、左からの折り返し。いわゆる揺さぶり攻撃。2点目は、一発のクロスパスだったが、ファーポストを狙ったのが利いた。
 つまり、この日のポルトガルは、単純なサイドからの攻めながら、クロスパスが大きく、フランスの守りが薄い逆サイドへ持っていったのが成功したのだった。
 ポルトガルは対スペインの1点も左からDFのアルバロがドリブルした後のクロスをMFのソウサがシュートを決め、対ルーマニア戦の得点も右からのクロスをゴール前にいたネネがボレーシュートを決めている。


ファーポスト狙いは効果的

 欧州選手権の4得点すべて、サイドからのクロスという定石は現代のサッカーでは、いかにも芸がないようにも見えるが、実際には、簡単で効果のある点の取り方、特にファーポスト側へのクロスパスは古くて新しい基本的な攻めの一つだと思う。
 1974年のワールドカップの対アルゼンチン戦で、ヨハン・クライフのオランダ・チームは、クライフからのロングクロスを、レップがファーポストで合わせた、ビューティフル・ゴールを演出した。後に、このパスの話しをクライフに聞いたら、「あそこ(ファーポスト)をレップが狙っていくのは、彼の仕事だよ」と事も無げに言っていた。
 近頃、日本サッカーで、センタリングが短く(ゴールマウスを狙うためだろうが)て途中でインターセプトされることが多い。ファーポストを狙い、そこへ、外側から受け手が入って来るという、優しい基本も知っていて損はない。
 1984年は、ロス五輪予選での日本の敗退、ロス五輪でのサッカーの盛況、釜本邦茂選手の現役引退、欧州選手権でのフランスの優勝──等、サッカーの世界は忙しく動いていました。技術論、戦術論もまた、いろいろに語られますが、サッカーはゴールを奪い、ゴールを守る単純明快なスポーツで、それを自分の判断で行うところに面白さがあります。ゴールを奪うためにちゃんとシュートすること、そのために個人も、チームも工夫することが第一です。
 若い皆さんがドリブルし、シュートすること、相手ボールを奪い、味方へパスし、味方からパスをもらうこと、そのために、いい位置にいること、いい位置へ動くこと──。ボールを扱い、味方と協力し、敵と対決することなど──を通じてサッカーの楽しさを自分で味わってほしいと思います。


(サッカーマガジン 1984年11月1日号)

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