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【番外編】W杯アジア予選から 今野泰幸の2つのチャンス、パスかシュートか。「ワンタッチで試合を変える」面白さを味わう
「ストライカーの記憶」は90年代に活躍したオランダのデニス・ベルカンプを連載中――。4回目のあと、先号(6月30日、No.1245号)は、ワールドカップ・アジア最終予選で働いた23歳の岡崎慎司(清水)を番外編として取り上げたが、「ワンタッチでゲームを変えた」といわれるベルカンプの話に戻る前に、もう一度、W杯の予選を振り返ってみたい。
6月17日に終了した最終予選A組の5ヶ国リーグはオーストラリアが6勝2分け、勝点20で首位となり、日本は4勝3分け1敗、勝点15で2位。3位は3勝1分け4敗のバーレーン、4位カタール、5位ウズベキスタンの順となった。
8試合の得失点差を見ると、オーストラリアが12得点、失点1、日本は11得点、6失点。3位以下のチームは、それぞれ得点は6、5、5、失点がそれぞれ8、14、10となっている。日本はオーストラリアとともにほぼ同じ得点数で一段上だが、失点数はむしろバーレーンやウズベキスタンに近い。対オーストラリアが1分け1敗で、2006年のW杯ドイツ大会の1−3の逆転負けを思い起こすと同時に、このクラスを相手にホームでもアウェーでも勝てないという事実が残った。
もちろん、6月17日に日本側はチームの心臓部ともいうべき中村俊輔、遠藤保仁、長谷部誠のMF陣、守りの大切な柱の一人、中澤佑二を欠いていたこともあった。
CBに中澤と田中マルクス闘莉王、GKに楢崎正剛を擁して、守りの要の3人に日本代表史上、初めて185センチ以上のプレーヤーを揃えたこのチームが、対オーストラリア戦で、2006年の「不審」解決を目にすることができなかったのは心残りでもあった。
中澤の代役に阿部勇樹を起用したのはチーム事情で止むを得ないことでもあっただろうが、人口1億のサッカー大国にあって、代表の長身CBが2人だけというのも現実なのだろう。大敵を相手に立ち向かった「代役」橋本英郎、今野泰幸や阿部の頑張りに敬意を払いつつ、新聞などで「充分に働けなかった」ことに責任を感じている彼らの談話を見ると、ガンバの橋本はともかく、今野や阿部が自分のチームで、その素材を生かす役柄でない時期があったのが、いささか気の毒にも思えた。
今野の話が出たところで、この試合の前半と後半に、それぞれ彼が相手ペナルティエリアのすぐ外にいたチャンスに、シュートでなく、パスを選んで2度とも失敗した場面にふれておきたい。
前半のこの好機は、日本が中村憲剛の左CKから闘莉王の素晴らしいヘディングシュートで先制ゴールを挙げた後、右から攻め、小さなパスをつなぎつつ、いったん相手に渡ったボールがペナルティエリアすぐ外、中央部やや右寄りに詰めていた今野にボールが渡ったときのことだ。
ボールを受けた今野から見て、シュートコースが空いていたかどうか、自分の体勢がすぐシュートに移行できるものであったかどうか(周囲の相手側との間合い)などについて、今野が判断したのだろうが、彼はスルーパスを前方へ送り(2人のDFの間を通そうとしたが)奪われてしまった。1983年1月25日生まれの今野は20歳を超えてしばらく、動く範囲が広く、守りのカンどころを抑える巧さが目立った。
長居でもモリシ(森島寛晃)の後方からの攻め上がりを察知して防ぐとともに、セレッソのゴール前へ侵入して点を決めたのを覚えている。代表に入って、この予選シリーズではずっと控えの扱いで、最後の2試合にフル出場したが、仲間との連係などはソツがなくても、そのプレーにかつての勢いが感じられなかった。コンディションが良くなかったかもしれないが、ボールも蹴れる、前にも攻め上がれる、後ろのカバーもできるという才能が、ここしばらく伸びていないのが、もったいない気がした。
後半にも、やはり同様の場面があった。
今の代表チームは、ペナルティエリア近くでもキープし、パスを出して決定的なチャンスを作ろうという考えがあるようで、それは悪くないし、世界にも、日本の歴史にもそういうチームはあった。けれども、つないでの攻め込みの中に、ときどき中距離からのシュートがあっても良い。それが相手に当たって、ゴールに直接届かなくても、変化が起こり、守る側は困難になる場面も多いことは、多くの事例が証明している。
ベストメンバーを揃えても、1失点する場面がアジア予選でもあったのだから、得点力を高めるのが勝ちにつながるとは、誰もが考えること。ストライカーの育成を図るとともに、第2列、第3列のシュート能力アップもまた重要だろう。闘莉王や中澤のヘディング力がゴールにつながる試合をサポーターは覚えている。
「ワンタッチで試合を変える」チャンスはベルカンプでなくても、誰にでもある。
(週刊サッカーマガジン 2009年7月7日号)