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一対一の守り その3


安易にスライディング・タックルをするな

 何事によらず物事には使いどころがある。スライディング・タックルもその使いどころを誤ればマイナスになる。
 スライディング・タックルは、いま敵がシュートしようとしているときとか、いま抜き去られたらすぐゴールが狙われるとか、あるいはウイングがセンタリングしようとしていたり、自分をかわしてゴールライン沿いに切れ込もうとしているとかの場面に使うものだ。
 いいかえると、放っておくと味方ゴールが直ちに危なくなるような切羽詰まった状況で、もうそれ以外に打つ手はないといった場面で初めて使うもので、決してところ構わずむやみに使ってはいけないのが本来のスライディング・タックルである。
 なぜならば地面に倒れるのだから、その間しばらくはゲームから取り残されるからだ。たとえ成功しても、そのまま自分のボールになることは少なく、たいていはボールを当面の敵のキープから外すにとどまる。失敗すればしばらく取り残されるだけでなく、そのマイナスを取り返す時間が作れないうちに失点につながることもある。
 それに体力も消耗しやすい。いうなれば、勇ましいけれども討ち死にの恐れが大きいから、中盤などまだゴールに遠いところではそんな最後の手段はできるだけ使わないのがよい。これはスライディング・タックルを語るときには常識のように必ず注意されてきたことである。

 ところが我々の周辺では、それほどのピンチでもないのにやたらと使われすぎていないか。完全に立ったままのタックルを仕掛ける場面にスライディングを使っている例さえ少なくない。
 そこで、どうしたわけかと観察したら、やたらスライディング・タックルを仕掛ける人は技術的にはおしなべて間合いの取り方がまずい。タックルの前には敵との間合いを詰める段階があるがそこがまずい。
 敵をただ立ち止まらせるだけでなく、タックルをかけようと思えば、すり抜けられない程度でできるだけ近く詰め寄らねばならないが、安易に滑る人はえてして間合いが遠すぎる。はじめ敵を止めたに過ぎない遠い地点から素早く小刻みなステップでじりじりっと詰め寄ることなしに、その遠い間合いのままで一気にボールを奪おうとする。すると立ったままのタックルが届かないからどうしてもスライディングになってしまうのではなかろうか。
 要するに原因は間合いがうまく取れないところにあるようだ。

 もう一つの原因は心理的な面で、冷静な判断が乏しく、ボールを早く奪わねばならないと焦り出すところにある。これは、敵がボールを持てばやたら「当たれ、滑れ」と周囲から激励する環境のうちに育った極めて日本的性格を帯びるものである。タックルに入る間合いというものは各人が自分で掴むもので、他人が決められるものではない。独自の間合いを掴んだときは初めて自分の判断でタックルに入れるものを、やたら急がすとこういう結果になるのだ。

 なお、最後に付け加えておきたいのは、すでに明らかなように、スライディング・タックルではそのマイナス部分をできるだけ小さくするためにそのあとの立ち上がりを早くしなければならない。
 だからいいかえると、ただ滑りこむだけでなく、そのあと立ち上がって初めてスライディング・タックルは終わったと考え、練習は必ず素早い立ち上がりまでを含めてやらねばならない。


自由にパスをさせるな

 一対一の守りは敵のボールを奪ってしまえば完全ではあるが、そこまで望めないときには、ひとまず敵の前進を止めるとか、走り抜かせないとか、またパスをさせないとかが守りの仕事となるのはこれまで書いてきたことで分かるだろう。しかし近ごろ我々が目にする試合では、パスをさせない、という仕事がいかにも軽視されているように思われることが多いのだ。
 せっかく敵の前進を食い止めて対峙状態に持ち込み、次第に敵が困ってきていよいよ大詰めも近づいたかと思われるときに、意外にも楽々とパスを許してしまう場面がなんと多いことか。あれほど苦労して立派に敵を追い込んだこともまったくの徒労といいたいほどにあっけなくパスを許す場面を見ると、がっかりして守備者としての彼の気持ちを疑いたくなるときさえある。

 こうした例で分かりやすいのは、ウイング対フルバックに多い。フルバックがウイングを巧みにタッチライン際のコーナーに追い込んで、切れ込みも順のセンタリング(右ウイングならば右足の、左ウイングなら左足のセンタリングの意味)も許さないまでに封じ込むと、ウイングは切り返して逆足のセンタリングをしようとする。そのときフルバックがそのセンタリングもさせないとさらに詰め寄らねばならないところなのに、そうしないで楽に逆足のセンタリングを許してしまうのだ。
 フルバックがウイングを走り抜かせもせず、また順のセンタリングもさせずコーナーに追い込んだら、確かにそれだけでも立派な仕事だが、しかしそれで守りの責任を果たしたわけではない。まだその守りは続いているのだ。さらに詰め寄ってボールを奪うか、奪えなくても攻めて敵をもっと困らせて苦し紛れのバックパスぐらいにまでは追い詰めねばいけないところだ。ウイングに切り返させたことは一応攻撃をおさえて7分通り守りに成功しかけたところなのだが、あとの3分の詰めを忘れて自由に逆足のセンタリングを許してしまってはまさに逆転負けなのである。

 この逆足のセンタリングをすぐさま抑えにかからないのは、技術的に見ると前項のタックルへの間合いの詰め同様に、素早く小刻みについて行けない反応の甘さに理由はあるが、ただそれだけでなくどうも走り抜かれなければ守ったと考えているのではないかと思われるフシがある。自由にパスさせて残念がらないのだから。ところがそうして蹴らしたパスがゴール前のピンチにつながる場合がしばしばある。せめて少しでも詰めてパスコースを狭めるとかの努力をしなければいけない。それが守りなのだ。ウイングのセンタリングはすぐゴール前につながるから分かりやすいが、中盤でもちょっとした間合いの詰めが甘いがために、有効なパスを許して良い展開に持ち込まれる例は少なくない。しかも上位レベルのチームの中にもまだまだこうした甘い守りが少なくないのを注意したい。


フォワードの守備

 フォワードも守備をしなければならない。いまどきこれを否定する人はないだろう。むかし2FB時代からフォワードの守備はあったけれども、4FBが現れて現在に至る守備優先のサッカーではその要請は非常に厳しくなっている。したがってフォワードといえども、詰め寄り方も追い込みもタックルも守備の練習をしないといけない。
 ところが現実には、守備を重視するあまり、フォワードに対して守備を要求しすぎる傾向もなきにしもあらずだ。そして数的優位志向の行きすぎもあって、自陣にさえ帰れば守備をしているのだと誤って思い込んでいるのではなかろうかという場面が各所に起こっている。こうした現実をふまえてフォワードの守備にふれよう。

 原則的にいうならば、フォワードの守備は、地域的には敵陣ないしは中盤が主な舞台であり、対人的には一応互いにマーク関係にある敵のフルバックないしはハーフバックが相手となる。彼らの攻撃参加(展開)をその地域でチェックするのが主な仕事になる。そこで直接ボールを奪い返せば一番良いが、そのあたりは広い地域だからそう簡単にはゆかない。そこで次はボールをすぐ奪えなくても断念しないで、敵を狭い地域へ追い込むとか、パスコースを抑えて良い展開をさせないように仕向けることが要求さえる。フォワードの場合、ボールを直接奪い返すよりもむしろこうした仕事の方が重要だと私は思う。直接にボールを奪ってくれなくても、味方の守備陣にとってはこれだけで大助かりなのだ。

 だが、こうした地味で頭を使わねばならない守備の訓練が一般には行き届いていないように見える。
 まずボールを持っている敵が自分の近くにいるときはすぐに挑戦せよ。そのとき敵の後ろまたは横から挑むときは、できるだけ敵の体に近く、横からすり抜けるように詰めていく。できれば内側から外へ追い込むのがよい。反対に、敵との間をあけて大回りして敵の正面に立ちふさがろうとするのはよくない。この場合はそうすると逆へ切り返されやすいし、そうなると後方の味方はかえって守りにくくなる。片方を必ず封じながら追うと、タックルもしやすいし、その方向規制が味方に好都合なのだ。

 敵の前から挑む場合は難しい。ごく近くの場合は余裕を与えない速さで詰め寄れるが、広い地域のことだから遠くからは決して突っ走って挑戦してはいけない。慌てて突っかかるほど敵は左右どちらへもかわしやすい。このときも方向規制が必要だが、遠い敵に対しては、ボールを奪おうと急ぐよりは、むしろ敵の進路を封じ、パスコースを抑えにかかるのが大切だ(そのあとできれば次第に詰め寄ればよい)。
 そのとき、同時に味方のバックスは敵フォワードへのパスコースを抑え、他のフォワードも敵バックス同士のパスに対してマークする連係があれば、敵は非常に困惑するのだ。困ると詰め寄るチャンスもできる。広い地域でパスコースを抑えるのは難しいけれども、パスコースを抑えるとは必ずしもそのパスコースに入らねばならないということではないことに気付いてほしい。安全性を重視しなければならないバックスには、そのコースが警戒されていることを感じさせれば、敵は他に安全な方法を探そうとするだろう。こうして、敵の守から攻への切り替えをスムーズに運ばせないことは、間接的に敵の攻撃をスピードに乗りにくくさせ、味方の守備を固める時間的余裕を作るという大きな副次的効果があるのだ。

 もちろんフォワードといえども、マークの敵を追って、あるいは前線に出たバックスの代わりに自陣深く帰らねばならないときはあるし、近ごろもてはやされる素早い潰しですぐボールを奪えればそれにこしたことはないけれども、そうした激しいプレーを終始要求するのは無理でもあるし、肝心の攻撃時の力を弱くする恐れもある。またそうした激しいチェックの成功率は全体から見てそう高いものではなく、むしろそんな守りを要求できない場面の方が実際には多いのである。その激しい直接的なチェックを要求できない数多い場面をどう守るか、という立場から、上述してきたような、前進を阻み自由な展開をさせない地味な守りへの関心をもっと高める必要がある。


written by 大谷四郎
(サッカーマガジン 1978年10月10日号)

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