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デニス・ベルカンプ(9)97−98シーズン。アーセナルの2冠に貢献、自らも最優秀選手の2冠表彰


 バスケットボールでもシュートには「得意の型」あるいは「得意な位置」があると気付いたのは、50年前に米国のプロチーム「ハーレム・グローブトロッターズ」を見たときだった。
 黒人のスター選手を集めたこのチームの世界巡業は、帯同チームとの試合の中で彼らが見せる(当時の私たちの想像を超えた)技能と、コミック的な演出で、これほど楽しいスポーツショーはあるまいとの評判だった。
 その一人ひとりのボールテクニックや軽快な身のこなしと、すごいスピードに感嘆しつつ、選手たちがことシュートとなると、それぞれの固有の位置で行なうことを知ったのは収穫だった。たとえ後ろ向きのシュートであってもそうだった。
 もちろん、それぞれにバリエーションを持っているのだろうが、観客に「百発百中」を見せるためには、奔放で流動的なプレーの中でそれぞれ自分の得意なところでのシュートを繰り返すのを、なるほどと思ったものだ。

 さて、デニス・ベルカンプ。突破よし、ヘディングよし、右足よし、左足よし――の技術とイマジネーション豊富なストライカーは1997−98シーズンにアーセナルのプレミアシップ優勝とFAカップ獲得の2冠に貢献し、自身もこの年の最優秀選手「フットボーラー・オブ・ザ・イヤー」(記者投票)と、PFAの最優秀選手(プロ選手の投票による)というビッグな表彰を受け、就任2年目のアーセン・ベンゲル(フランス)も初の外国人リーグ最優秀監督となった。

 ベルカンプはこのシーズンのチーム第3戦、対サウサンプトンで2ゴール、次の対レスター(アウェー)ではハットトリックを達成した。
 このときの1、2点目は、それぞれ、彼の右足キックの技術が生きているが、タイムアップ直前の3点目は、歴史に残るビューティフルゴールの一つ。右後方からペナルティエリア内に送られたロブのパスを、彼はゴールエリア左角4m程手前の落下点でとらえ、巧みなトラッピング(浮き球の処理)でディフェンダーをかわして右足でシュートを決めた。
 落下するボールを(1)まず右足のインステップでタッチし(2)スピードを殺して空中に浮かせたボールを(3)次いで左足のタッチで(4)ボールを後方に戻すとともに追走してきたDFをかわし(5)グラウンドに落としたボールを右足インサイドでGKの右を抜いてゴールへ蹴り込んだ。

 前号で、トットナム戦の彼のゴール、よく似た位置での右足のタッチでボールを止めてDFをかわして右足シュートを決めた場面を紹介した。このゴールエリア左角に近い位置で、空中のボールを足で処理してゴールを決めるのは、リーグでも国際試合でも彼の“十八番(おはこ)”になっている。
 ボールを止めるうまさ(ファーストタッチ)と、そのあとに続く、この角度からの右足のシュートの正確さと、そうしたプレーを兼備している自信が、この位置での落ち着きとイマジネーションを生んでいるといえるだろう。
 対レスター3点目は体を開く形での右足インサイドキックで右方向へ蹴っているが、対トットナムの右足シュートは、同じような右方向狙いでも、インステップで強く叩いてGKの右を抜いている。
 ペナルティエリアの左角あたりから、右足でゴールの右ポスト側へ蹴り込むシュートのうまさもハイレベルだった。

 このシーズンは後半戦でマンチェスター・ユナイテッドの負けが増えたのに対して、アーセナルは23節以降、33節まで10勝1分けの好成績で追い上げ、最終的には1点差で78勝点のアーセナルが11回目のリーグ優勝を果たした。
 ベルカンプは37、38節の最終2試合と、FAカップの決勝をコンディション不良のため休むことになったが、4月25日に、34節の対バーンズリーのアウェー戦でも、DFを前に向き合ったまま、ゴール正面中央部やや左寄り(ペナルティエリアすぐ外)の位置から、右足でカーブをかけたシュートでゴール左上に決めている。

 29歳、充実期の彼には、97−98シーズンはプレミアシップでの光彩の年だ。リーグの16ゴールにFAカップで3、リーグカップでの2得点を加えて21ゴール。
 ロングボールでも、スクエアパスも、仲間が送ってきたボールを天性の勘の良さと、十分に貯えた技術で、ゴール量産につなげた。
 彼がイメージし、位置を選び、そこでシュートに入り、フィニッシュを成功させたこの時期のビューティフルゴールの数々は、ストライカー、ベルカンプの「棋譜」として長く語られることになり、得意なシュートの形と、それを生かす位置を工夫するストライカーの卵たちの大切な教材となる。


(週刊サッカーマガジン 2009年8月11日号)

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