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ウェイン・ルーニー(1)2008年12月クラブW杯準決勝、ガンバを相手に見せた電光石火のシュート


 2010年、新年明けましておめでとうございます。元日の天皇杯決勝は、点差は開いたが、いいゲームでした。関西、中京勢の対決にもかかわらず、国立競技場で、満員に近い観衆がゲームを楽しんだことが何よりでした。恒例の高校選手権もいい試合、いいプレーが展開されています。新しい年もまた喜びが多いものになりそうな予感がします。


 さて、記憶に残るストライカーは、この号からウェイン・ルーニー(マンチェスター・ユナイテッド)を取り上げたいと考えました。24歳のまだ伸び盛りながら、クリスチアーノ・ロナウド(レアル・マドリード)の去ったユナイテッドの攻撃の大黒柱であり、また南アフリカで44年ぶりの優勝を狙うイングランド代表のゴールスコアラーとしても期待されている一人です。
 若くて有能なルーニーを眺めながら、現代のトップチームのトッププレーヤーについての何かも描ければ幸いなのですが……。

 日本のサッカーファンにとって、ルーニーといえば一昨年12月に行なわれたFIFAクラブワールドカップで、ガンバ大阪がマンチェスター・Uと対戦した試合を思い出される方が多いだろう。
 ガンバが敗れはしたが、3ゴールを奪って3−5とした試合は相手が天下の“赤い悪魔”であっただけに大きな話題となったが、この試合の後半に出場して2ゴールを奪ったルーニーもまた、私たちに強い印象を残したのだった。
 いま、それを振り返ってみる――。

 2008年12月16日、横浜の日産スタジアムで、私たちは半分夢心地だった。
 目の前にマンチェスター・Uのイレブンがいた。GKエドゥイン・ファンデルサール、DFは右からガリー・ネビル、リオ・ファーディナンド、ネマニャ・ビディッチ、パトリス・エブラ、MFがアンデルソン、ポール・スコールズをディフェンシブに、右にクリスチアーノ・ロナウド、左にナニが開き、2トップにはカルロス・テベスとライアン・ギッグスがいた。私のお目当ての一人のルーニーは控えで、スタートメンバーに入っていなかったが、生で見る赤いユニフォームの一人ひとりが我が目に映るだけでも、喜びが沸き上がってきた。
 彼らが、ガンバと戦うのだ――。
 GKに藤ヶ谷陽介、DFは加地亮、中澤聡太、山口智、安田理大、MFは遠藤保仁と明神智和がボランチ、橋本英郎とルーカスが右、左に、2トップは播戸竜二と山崎雅人――、トヨタカップのおかげで、欧州と南米のトップクラブの試合を生で見るようになった後、クラブワールドカップとなり、それもトヨタ・プレゼンツということで日本開催は継続。G大阪がアジア代表として準々決勝に勝ち、この日の対戦となった。

 試合はG大阪が開始早々から意欲的に攻めた。ガンバ特有のパス交換から右、左にボールを散らし、右の加地、左のルーカスからのクロスがゴールに向かった。
 マンチェスター・Uは日頃のリーグ戦での厳しい追い込みや、タックルは少なく、ゆっくりと間合いをとってG大阪のプレーを観察しながら自分たちの調子を整えてゆこうという感じだった。
 それでも前半に彼らが2得点した。ともにCKから、ギッグスのボールに1点目はビディッチ、2点目はC.ロナウドがそれぞれヘディングで叩き込んだ。身長の差に加えてジャンプへ入る前の動き、落下点に入る速さに日頃のプレーが出た。
 彼らの余裕はDFのミスパスを播戸が奪ってシュートしたときに表れていた。まったくノーマークでボールを奪った播戸に対し、ビディッチが間合いを詰めながらシュートの角度を限定する上手さに、記者席から見ていて思わず声が出るほどだった。ビデオを見直したら、ビディッチは左(播戸の右)を少し開けながら相手のシュートの際に、足幅を狭くして股間を抜かれないようにしていた。シュートはバーを越え、観客は悔しがったが、ゴール枠へゆけばGKのリーチの範囲のように見えた。

「相手の掌の上で転がされている感じ」(選手の話)と、力の差を察しながらそれでも諦めずに攻めるガンバが後半に1点を返した。遠藤からのスルーパスを橋本が相手DFの間で受けて中央の山崎に送り、山崎がシュートした。今度は「コース限定」どころではなく、ノーマークの山崎は落ち着いて決めた。
 スタンド全体が喜びを爆発させた直後、マンチェスター・Uが3点目を加えた。失点するすぐ前にテベスと交代で入ったルーニーが決めた。第2列から送られた高いボールを落下点で受けたルーニーに対応した中澤がボールとの間に体を入れたが、ルーニーはすぐに奪い返し、左へ流れつつ左足で、深い角度のシュートを決めたのだった。
 まさに電光石火だった。


(週刊サッカーマガジン 2010年1月26日号)

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