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キーパーの判断力とタイミング


ゴールキーパーがボールをつかんだあと、そのボールをどう生かすかという「ゴールキーパーの攻撃プレー」について、注文とそれに対応する工夫という形でプレーのレベルは上達してゆくのだという話から、今のキーパーに一般的に要求される問題の一つとして、「もっとキックを工夫しろ」という話が前回出たが、そこで今回は、もう一つの問題点であるキーパーの“判断力”という問題を中心に聞いてみた。


守から攻への速いパス

――味方にフリーな選手がいるのにそこへパスしないで、かえって相手と競り合わねばならない選手に渡すとか、早く渡せばいいと思うのにのんびり味方を探してなんとなくキックしているキーパーをよく見かけますね。

大谷 それは判断力の問題でね、判断が遅いからタイミングを失うし、すでに味方はみんなマークされる。そこで無責任にただ蹴っておこうという結果になるわけです。一般的に守りから攻めへの切り換えを早くしろ、といわれていますね。キーパーもこの原則は変わりません。あいている味方、相手の苦しいところを素早く見抜いて、タイミングを失わないで渡さねばならないわけです。それが判断が遅いためにじれったくなるようなことがよくあります。

――その原因は何でしょうか。

大谷 色々あるでしょうが、すぐに味方に渡した方が有効だという考え、つまり切り換えの早さが要求されるのだ、という自覚が一般的にキーパーの場合は薄いように思われますね。選手にもまた指導者にも薄いようだから、そういったトレーニングも不足している。
 とにかくボールを取ってからどうしようかと考えているプレーが多い。今いったように、まずそれではいけないのだという自覚ですが、そのほか、キーパーがルール上保護されるようになったことが、逆にマイナスになっているのではないか、と思われる面もあります。
 ボールをつかめば、ほとんど、当たられたり、妨害されることもない。それからどこへ出すかを考えてもいいように思ってしまう。これは下部へいけばいくほどよく見られることです。またキーパーではなく、他の選手も守りの段階が終わってから攻めることを考えるから、すぐには受けられる位置へ動かない。ところが外国の一流選手のプレーをテレビなんかで見ていると、そのあたりが実に速いでしょう。つかむとすぐにパスしている。

――一つの気構えというか守から攻に移るその瞬間を、いかに早くやるかの必要性の感じ方が甘いわけですね。

大谷 切り換えの早さの要請という戦術面の一つの原則がキーパーにも求められるのだが、また周りの選手も「ここへボールを出せ」という動きを見せてやる必要がある。キーパーだけでなく、フィールド・プレーヤーも知っていなければならない。そうなるとキーパーにしても、ここで攻撃に参加できるという面白さが出るわけで、敵の痛いところへパスして、それが1点につながれば、堂々とキーパーもアシストしたのだと思えばよいわけです。

――こういうところの面白さを深めていけばキーパーもずいぶん楽しくなりますね。

大谷 そのためには、キーパーは次にはどういう展開をさせればよいかを、常に頭に描いておく必要がある。そのときに、またいくつかの単純な原則があるのです。まずいいパスを出すためには、タイミングというものに機敏に反応しなければいけないことが以上のことで分かるのですが、そのときにも色々なケースがあるわけで、混戦のあとやっとつかんだといった場合には、ひと息入れてから攻撃に移るということが必要なときもあります。だが、わりあい楽に守った場合、味方がくたびれていない場合などには、ひと休みしていたらいけない。相手はすぐ守りについてしまい、攻守の切り換えの早さを生かせないことになる。こういうときには、キーパーはボールが転がっている間にもう味方の動きなどの状況をつかんでおかないといけない。それが次のプレーにつながる速さになるわけです。
 その場合の状況判断に参考となる原則のようなものなのだが、相手が右から攻めてきた場合、それを守った瞬間にはおおむね左があいているというもので、そこでキーパーはみんなが右に集中していたのをパッと左へ切り換えて相手の虚をつく。これなんかは有効な展開をするための常識として、ぜひ知っておく必要があるのに、案外知らないのか、その努力が見られない。一般レベルでは、それだけでも相当効果をあげられますよ。

――でも下部の方では、味方にパスしても取られないかどうかという信頼感の問題が出てくるかと思うのですが。

大谷 逆サイドへ持っていけば取られる率は低いですよ。一般にはこの場合、逆サイドには大きいスペースが空いているもので、味方に渡しやすいし、味方も受けやすくなっている。だからそこを使えばいいという、ごく単純なことなんです。そうしないで、攻められたサイドへまた戻すということは、守っていた選手をまたすぐ使うということになり、味方の戦力の消費の点でも一方に偏してマイナスが大きい。また相手も有利な位置にいることが多いし、自然とスペースの割に人が混み合っていて、味方はボールをもらっても処理しにくい場合が概ね多いものなのです。逆サイドへ展開の方向を変えるということは、キーパーだけでなく守備者のクリアの常識なのです。ユース年齢で完全に心得ておかねばならないほどの基本的な常識なのだが、実際にはその年齢層どころか、大人のチームでも意外に知りませんね。教えていないようですね。
 この場合もタイミングが大切で、少し遅れて相手に察知されたらもうダメだから、逆サイドの味方のウイングやハーフやフルバックもキーパーがボールを取ると間髪を入れずサッと良い位置取りをする。この呼吸が合えば、パスは早いほど良い。相手は相手陣内で早々と揺さぶられるので、必ず苦しくなる。こうしたタイミングをうまくつかむことを覚えれば、キーパーからもっといいパスが出ていくようになるはずです。前にも言ったように、ボールをつかみさえすればもう安全なのだから、そういった意味でも周りをもっと見ることができるし、いいタイミングでのパスも、他のプレーヤーよりはずっと出しやすいはずだ。
 それが昔は、ボールを持っていても安全ではなかった。そのためキーパーは、逆に早くさばかねばならないように追い込まれ、自然に訓練ができた。そうして皮肉にも、スピード化の今のサッカーでは、キーパーがのんびりしているという結果になっている。

――こうした戦術と絡んだキーパーの問題についても、もっと他にどういうことがありますか。

大谷 今の話をさらに広げてゆくと、例えば右サイドからの大きなセンタリングをパンチする場合、ゴール正面に戻すとか、右サイドやまた戻したりすると、味方のいるところにパンチできるのならいいが、えてしてこういう地域は敵が抑えていることが多い。だから、やはりパンチの場合も、敵の少ないところ、逆サイドへ流すといったことを心得ておかないといけない。

――なるほど。


1対1のプレー

大谷 それから、これはよくある1対1の場面――味方守備陣を突破してきた相手に対し、キーパー一人ぼっちの場合。こういうときに、キーパーがむやみに前へ出ようとするのは考えものなのだ。タイミングを失敗すればかえってシュートしやすくなるからね。相手が完全にコントロールして、いつでも蹴れるというような態勢になっているときは、やたら飛び出さない方がよい。体が前へ進んでいるときは、横へ跳び出る力が弱くなっているからで、“行き違い”のような形で、体のすぐ横でも簡単に通されてしまう。シュートする方からは、何でもかんでも飛び出してくるキーパーはカモなんだ。何事もタイミングがあることを知らないキーパーがすることで、もっと早くに占めるべきいいポジションをつかんでいないとこうなるのですよ。優れたキーパーは、相手がいざシュートというときには、すでに位置を決めていてやたらに動かない。
 亡くなった田辺五兵衛さん(前・関西協会会長)から聞いた話だが、昭和5年の極東オリンピック――これは日本が最初のピークを迎えて、初めて中国と1位を分けた画期的な大会だったが――主将は竹腰重丸さん(当時・東大)で、キーパーに関学の斉藤才三さんという名手がいた。この斉藤さんは、1対1になったときに決して慌てないで、ポジションがここと決まったら、ピタッと構えて、「さあこい」と掛け声をかけたそうだ。そうすると、その声につられてシューターがパッとストライクを蹴ってしまう……。1対1はこんなもので、気迫であり、またゆとりでもあり、精神力の勝負といってもよい。決して慌ててはいかん。落ち着けば冷静な判断ができるし、それが動作にあらわれてくる。
 ところでまたキーパーが飛び出すタイミングの問題に戻るが、スタートが完全に遅れたら、むしろゴールにへばりついているぐらいの方がいい。また相手がさらにドリブルしたくなってコントロールを乱す可能性も出てくる。
 それなのにやたら飛び出すキーパーが多い。飛び出すにしてもそれなりの備えが必要です。それは、ボールを持っている選手の足元に向かっていくのに、手から体を縦にして飛び込むのではなく、横にした幅の広い姿勢で、しかも胴も足も使える姿勢で飛び込む。そうすると手でボールを押さえられなくても足ではじき出せる場面が出てくるし、相手にはよけにくくなる。
 以上の一連の原則的なプレーは、中学や高校時代に、いわば常識として身につけておいてほしいものです。


written by 大谷四郎
(サッカーマガジン 1977年11月25日号)

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