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さらにタイミングについて


 ゴールキーパーの1対1でタイミングについてちょっとふれたので、今回はそのタイミング論をもう少し発展させたい。
 ただこの連載を始めてすでに数回を超えていまさらだが、やはり断っておきたいことが一つある。タイトルの「ワールドクラスへの道」という言葉。これがもし日本代表チームのワールドカップ出場への道と解されるならば、一般的な原則論や常識論あるいは基礎プレーの話まで出てくるのは見当違いとなりかねない。欧州や南米の、サッカーが成熟した国では当然そうなるだろう。だが、我が日本は残念ながらサッカーでは未成熟の国だから、代表チームを上げようと思えば、その土台である一般レベル高校、大学、地域リーグ・クラスのサッカーを上げることが先決となり、それがすなわち「ワールドクラスへの道」だと私は考える。したがって話は自然とそのレベルが対象となるのを理解してもらいたい。実は私はこういうタイトルとは初め思ってもいなかったので驚いたのだが、たまたま「世界へ悠々と急げ」とのサブタイトルがあったので我が意を得たりと喜んでいる次第である。(大谷)


よいタイミングは正確な状況判断から

――前回のゴールキーパーの1対1で、やたらと飛び出すな、という話でしたが、飛び出さないで入れられるのも、何か無策無能の感じがしますが。

大谷 確かに勢いよく飛び出すと一応ベストを尽くしたふうに見えるが、いつも飛び出すなと言っているのではないのです。肝心なのはタイミングで、「いまだ」というタイミングを逃したときじたばたするな、ということです。

――日本のキーパーは行動範囲が狭いといわれていますが、それもタイミングのつかみ具合に関係しますか。

大谷 タイミングだけでは解決できない問題ですが、タイミングをつかむ感覚が鈍いとどうしても引っ込み思案になりがちです。決断がつかないでやめておこうとなるのでしょう。こうした面は確かにありますよ。

――タイミング感覚とは理屈抜きのカンなのでしょうか。

大谷 全く動物的なカンとは思いません。キーパーが1対1で正しく飛び出してゆくときには、いまはシュートが打たれないという状況判断が先にあるわけです。ウイングのセンタリングなどを飛び出してカットする場合にしても、ウイングがいつ、誰を狙って、どんなボールを蹴るだろうという状況判断が先行するはずです。それに基づいて自分はいつどんなプレーをすればよいかという行動判断が生まれる。そのいつの判断がタイミング感覚といわれるものではないですか。それが最終的に行動(プレー)そのものへつながるのですが、この3段階の経過が早いほどよいので、それが非常に早い人の動作はほとんど反射運動的で動物的なカンを感じさせるのです。判断ではタイミングを知っていても体がすぐ反応しないという人もいますから、やはり何割かは天性といいたいものがあるのを否めません。

――そのタイミングのつかみ方はゴールキーパーには特に必要ですね。

大谷 ゴールキーパーに限らずどのプレーヤーにも非常に重要な条件ですが、キーパーの場合、まずいま述べた2つの判断が正確だと自身を持って行動できるので自然に行動範囲は広くなる。しかしキーパーがゴールを離れて出ていく場面は、概ね押し寄せてくる攻撃側の動き(攻撃の力の流れ)に反抗して立ち向かっていくことで、その間には敵と味方が混み合っている中を駆け抜けたり、到達点では敵と競り合う形になることも多いので、身長、体重などの身体的パワーがあってしかも機敏だと得です。また走り出た頂点で正確にキャッチしたりパンチしたりする技術的難しさもかなり加わるから、行動範囲を広くしろといったって、簡単にただ思い切って飛び出せばよいものでもないのです。

――飛び出して逆にそれが裏目に出てあっけない点を失うと、いいシュートで点を取られたときよりもがっかりですからね。

大谷 ゴールキーパーは、もうその背後には味方がいないのだから、強く安全第一が要求されるポジションです。したがってそう気楽に留守にされては困りますが、外国の一流試合で行動範囲が広く積極的に行動しているキーパーが、ピンチが本当のピンチになる前の早い段階でかりとっているのを見ると、やはりどうしても日本のキーパーも行動範囲を広げてほしいと思いますね。的確な判断で広い範囲に働くキーパーがいると、守り全体がすごく安定度を増しますから。


タイミングは全てのプレーの重大要素だ

――いまさっきタイミング感覚はどのプレーヤーにも重要な条件だとのことでしたが……。

大谷 そうです。全てのプレーにこのタイミングという重大な要素があるのです。いくら曲芸的にボールが扱えても、タイミングを間違うと何の役にも立たないほどのものなのに、その理解が一般的にはまだまだ低いように思います。多くの場合、高度なプレーとか「ウーン」とうならせるような味のあるプレーにはいつもこのタイミングのつかみ方のうまさが生きていると私は見ています。
 しかしここのプレーのタイミングは言葉ではなかなかうまくいえない微妙なもので、また図を使ってみても動きやパスの経路は表せてもタイミングは表せません。それを考えると、教えられるものではなく、自分でつかまないとどうしようもない気もする。

――ところでタイミングの失敗には遅れた失敗が多いのではないですか。

大谷 そうでもありません。遅れたためのミスだけでなく、早すぎたためのミスもありますよ。大体には遅れた場面が目につきやすいですが、どちらのミスもその原因にはタイミングの判断のミスによるものよりも技術未熟によるものが非常に多いようです。というのはタイミングぴったりのいいプレーをするには、ただ判断だけでなく、そのタイミングにうまく合わせるための技術が必要だということです。

――どんな技術ですか。

大谷 プレーを早めたり遅らせたりする技術です。例をシュートに取ると「いまだ」という一瞬のシュート・チャンスが生まれたらすぐさま蹴れないと遅れる。それにはバックスイングをほとんどしなくても蹴れる技術が必要なのです。そのキックのできる人は意外に少ないですね。大きなバックスイングで大振りするとまず時間がかかってタイミングは遅れやすい。さらに相手に見破られやすいので、せっかく虚を突いたはずのシュートが虚を突いたことにならず守られる。同じことは往々にしてウイングのセンタリングの場合にも見かけられます。
 またダイレクト・シュートで、例えば左からパスを受けたときに右足しか蹴れない選手がボールを右足まで流しているうちにタイミングが遅れるといった場面もあります。遅れるだけでなくタックルもされやすい。そのとき左足で蹴れたらそのような不成功は起こりにくいといえるでしょう。

 逆にプレーを遅らせてタイミングを合わせる技術の例ですが、図のようにBを壁にしたA(1)→B→A(2)の壁パスを考えてみます。
 A(1)からのパスをBがなんの細工もなく左足ですぐA(2)の地点へポンと返すと早すぎるとか、相手が察知して結局タイミングが悪くなるような場合に。Bは少し時間を稼がねばならない。わずかな時間だが左足で蹴らずに右足まで(体の幅だけ)流して右足でA(2)へ流すだけでタイミングを合わせられる場合がある。さらにそのときパスとは逆の側へ流してすり抜ける振りをすることで相手を逆方向へ誘っておいてパスすればA(2)地点を含むフリー・スペースが広くなって幾分の時間的狂いをカバーすることもできる。
 またBは一度小さく止めてAのスピードに合わせてパスする。Bが相手に潰されることなく、一種の“ため”の技術があればタイミングを遅らせることができるわけです。
 シュートでも、まともにすぐ蹴ってしまえばキーパーの動きにタイミングが合ってしまうときには、一瞬動作を止めるとか、トー・キックでちょろちょろと転がしたりしてタイミングを遅らせることもできます。遅らせる場合は相手の邪魔が入りやすいのですが、そうさせないで目的を達する治術――一種のキープ技術ですが、それも要求されますね。

――最後のちょろちょろシュートなどはタイミングのずれですね。

大谷 こちらによいタイミングは相手にとって悪いタイミングにならないと効果はありませんから、タイミング感覚のよいプレーは相手との関係でいえば、タイミングのずれを利用したプレーといえるでしょう。いま大阪サッカー協会長をしておられる川本泰三さん、ベルリン・オリンピック時代の名センター・フォワードです。私の見た限りでは、この人のプレーがそのタイミングのずれを利用した点で抜群でした。メキシコ組みも含めて近ごろはその点でうまいと目立つ選手は見当たりません。ヤンマーにいたジョージ小林君にはそのセンスがありました。

――そうしたタイミング利用のプレーはやはり相当高いレベルのプレーでしょうね。

大谷 いまの一般レベルからすれば非常に高いでしょうが、いつまでも高嶺の花にしておいてはいけないのです。少年時代からの育て方次第です。状況判断、行動判断、最後の行動(プレー)の3段階が反射的にスーッとつながるには、天性の素質とでもいいたいものが何割かあると先にいいましたが、少年のころから微妙なボール・タッチのキープ力(ドリブル)を身につけると自然に覚えるプレーだともいえます。少年サッカーが盛んになった今日、タイミング感覚のあるプレーをやっている少年はあちこちにいますからネ。細かくボールを持てる人には、すぐ蹴る技術も、遅らせる技術もそう難しくなくなるでしょうし、余裕があるから状況判断もしっかりできるわけです。
 しかし少年のころから“蹴れ走れ”のパワー・サッカーで育った者からは、こうした微妙なタイミング感覚も技術も生まれないでしょう。よく見かけるシュート練習だが、力いっぱい強いシュートを蹴れば、ボールがゴールを外れようと“ナイス・シュート”と誉めているのは感心しません。ただ強シュートばかりを要求すると、自然とバックスイングなど動作は大きくなって相手に察知されやすく、力むから体が硬くなり、とっさに動作を変えられなくなる。それではタイミングなど微妙なプレーは望めません。


written by 大谷四郎
(サッカーマガジン 1977年12月10日号)

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