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3位ドイツに見る技術向上の意欲。「走る」重視とともに1対1の能力アップが不変


 南アフリカ大会では多くの驚きがあったが、ドイツ代表チームのプレーは、私には最も嬉しいサプライズの一つだった。
 グループステージD組の第1戦で、彼らはオーストラリアを4−0で撃破した。私たちの日本代表がアジア予選でどうしても勝てなかったオーストラリアに完勝したチームは、21歳のGKマヌエル・ノイアーをはじめ、DFはアルネ・フリードリッヒ(31歳)ペル・メルテザッカー(25)ホルガー・バドシュトゥバー(21)フィリップ・ラーム(26)MFはサミ・ケディラ(23)バスチャン・シュバインシュタイガー(25)とトーマス・ミュラー(20)メスト・エジル(21)ルーカス・ポドルスキ(25)FWはミロスラフ・クローゼ(32)と若者が主力――後半になってこのうち3人が交代したが、2人の30歳代を含むスターティングイレブンの平均年齢が24.5歳。1934年の第2回大会に初参加して以来、ワールドカップでの最も若いドイツ代表ということだった。

 この若いドイツはセルビアに0−1(クローゼのイエロー2枚の退場もあって)で敗れたが、ガーナを1−0で破って第2ステージへ進み、まずはノックアウトシステムの1回戦でイングランドを4−1、準々決勝でアルゼンチンを4−0で倒した。
 イングランド戦は、誤診という相手側には気の毒な事件もあって、それによる勝敗への影響は議論の残るところだが、サッカーの母国と、南米の強国を相手に大量ゴールを生んだドイツのカウンター攻撃は、その展開の速さ、スケールの大きさという点で見るものに“壮快”を感じさせ、スペインの“巧緻”とはまた別にサッカーの魅力を多くの人に見せていた。

 21歳のエジル(182センチ)はドイツ在住のトルコ人、MESUT(メスト)という名は「幸運」の意味とか、さしずめ日本流にいえば「幸男(ゆきお)」ということになるのだろう。ドリブルが巧みで、パスの視野が広く、自らゴールを奪う力もある。186センチのミュラーはバイエルンの大先輩ゲルト・ミュラーと同じ姓だが、こちらは「ボンバー(爆撃機)」のゲルトと違ってスラリとした体つきで、中盤からの飛び出しで決定的な場面に現れる。対アルゼンチンの前半3分の先制ゴールは、シュバインシュタイガーのFKに合わせてニアサイドに走り込んでのもの。
 3位決定戦(対ウルグアイ)には戦列に戻り、FKのリバウンドを決めて先制し、3−2の勝利の口火を切っている。

 プレッシングを強くし、ドイツ側にスペースを与えぬようにしたスペイン側の術中にはまった感もあるが、巧みなテクニックと伝統的な走力を単純明快なカウンター攻撃に生かした。この若いドイツが次にどのように進化するかを世界は注目することになる。
 彼らで目についたのは、相手ボールを奪ったとき、2〜3人で短いパス交換をし、相手側の注意を引きつけておいて、長いパスをそのディフェンスラインの裏へ送り込む。走り出せば“戦車”、止まれば“電柱”感のあったドイツの長身プレーヤーがあえて、それほど得意でないはずの低速でのショートパス交換を丁寧にするのを見ながら、新しい課題に取り組むドイツ・サッカーの向上意欲を感じた。
 伝統的な頑張りや、強さや、ランを生かす展開を工夫し、そのための個々の技術のアップを図るところに、ゼップ・ヘルベルガーやヘルムート・シェーン以来、現在のヨアヒム・レーブに至るブンデストレーナー(協会コーチ)の系譜と努力を考えた。

 スペイン代表のポゼッション・フットボールの成功を頂点とする今度の大会でのさまざまなチーム、それぞれの試合を振り返るとき、改めて思うのは、どんなに組織プレーが向上しても、組織防御が進歩しても、基本となるのは1対1の強さであり、この大会に来ている多くのチームの共通点としてボールを持った方が優位に立つということだ。スペイン代表はその好例であった。

 日本代表の今回の成功もまた、松井大輔、本田圭佑、大久保嘉人の攻撃陣が少なくとも、ある時間帯ではボールを持ったとき、相手の一人にはすぐ取られない力を持っていたからといえる。
 日本のサッカーは、日本人の敏捷性を生かすという観点からも走ることを重視するのは当然だが、そのためにも個人能力のアップを心がけなくてはなるまい。
 1974年、初めて生のワールドカップを西ドイツで見たとき、誰かがスウェーデンなどは旧態依然たるサッカーですね、というのを聞きながら、そのスウェーデン選手のボールをオランダの選手が一人では奪えず、ファウルをして食い止めるのを見ていたことを思い出す。


(週刊サッカーマガジン 2010年8月17日号)

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