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サッカーの何を見たか その3


ゴールキーパーの差

 村岡君や玉城君が試合の度に活躍して、新聞は日本のゴールキーパーを盛んに誉めてくれたけれども、それで日本のキーパーのレベルは高いなどと毛頭思えなかった。むしろ極めて大きな引け目さえ覚えたポジションだった。一言でいえば、スケールの違いだ。体格の違いが端的に働いていた点については頭が痛かったけれども、判断力と訓練で埋めえると思われるものもまたあった。

▽行動範囲――まず第一は、行動範囲の大小だ。日本のキーパーは、ヨーロッパのキーパーに比べると、行動範囲が非常に狭い。ゴールからの行動半径は彼らの半分といわないまでも6割か7割までの程度、ゴールを飛び出して防ぐ回数もまた非常に少ない。その主な原因はやはり体が小さくて軽いことだろう。高いセンタリングやロビングに対して、大男が殺到してくる中へ小男が挑戦した場合の不利を考えると、ゴールに留まっている方が無難だということは一応考えられる。
だから、ヨーロッパのキーパーなら飛び出して相手のシュートやヘディングをその前に防ぐという積極的守備ができる場合にも、自然と消極的になって飛び出さないようになり、ゴールにへばりついて守ることが多くなる。つまりヨーロッパのキーパーならばさせないで済むシュートやヘディングをさせてしまう結果となる。それを守らねばならないから、自然、飛んだり跳ねたりのギリギリのセービングの回数も多くなる。それが大活躍と誉められるプレーの実態なのだが、しょせん防ぎきれなくなる率は高い。この守備範囲の問題は勇猛果敢の闘志と決断だけではどうしても全てを解決できない。やはり大きな体(せめて180センチ以上の身長と75キロ以上の体重)がほしいと思った。

▽パンチ力の強さ――次に握力やパンチ力、さらに遠投力の問題だ。これも体力の差が大きく出る。ヨーロッパ人の大きな手と手首の強さは相当強いシュートでも、手だけで楽につかんでいるのに、同じようなボールを手の小さい日本のキーパーは大げさに抱えこんだり、つかみきれずにパンチに逃げねばならなくなる。するとコーナーキックになったり、そうでなくてもまた相手に拾われる心配も多い。またパンチ力も彼らにおおいに劣る。ボールを投げても彼らはハーフウェイ・ライン付近まで楽に投げるが、こちらはそうはいかない。こうしたことはゴール前のピンチを素早く脱したいときに、大きな障害となるのだった。

▽攻撃への参加――最後に特に強調したいのは、ボールをつかんだあとの処理だ。この上手下手は新しいサッカーでのキーパーの優劣を決めるきわめて重要な条件だと思い知らされた。またこれは体力の差というよりも、むしろ判断と訓練の差であり、新しいサッカーへの認識の差でもあった。そこではキーパーも明らかに攻撃に参加していた。
その頃までの日本の一般的印象では、つかんだボールは前線のフォワードへ向けて漠然と蹴ればよいといった感じの処理でまかり通っていた。大部分は遠くへければほぼ満足しているかのようだった。それが味方のボールになるかならないかは、むしろフォワードの責任だといわんばかりだった。ボールは味方の人を狙ったというよりも、やや味方が有利そうなスペースへ蹴っているにすぎないという程度でも、大方のチームでは許されていた。
だがヨーロッパの一流チームで見たキーパーは、より確実に味方に渡るように、受けた味方がより楽にプレーできるようにというだけでなく、より有利な展開へとつなげるように選択して、高く低く、強く弱く、と色々工夫してけったり投げたりしていた。さらにその処理が非常に素早くて、はた目にも、「あそこへ、いま」と思うタイミングを逃さずパスしていた。そのためにはただ大きくけるとは限らず、我々には危険を感じるバックスへも盛んに渡していた。日本ではキープ力がなかったから、バックスに渡して横取りされるよりも、いくらかでも遠方へ蹴っておいたほうが安全だったが、キープ力のある彼らは無理をしてフォワードへ渡そうとするよりも、確実に渡せるバックスを利用してキープする方が、むしろ後の展開への可能性が高いという見込みが成り立つからであろう、などと考えると、こうしたキーパーへの処理の差は何とも重大な質の差のように映ってきた。
とにかく、われわれの当時の経験では、ボールをつかんだらキーパーの務めはほぼ終わったようにほっとしたものだ。戦前にはキーパーへのチャージが許されていたので、キーパーはそれから逃げねばならないので、ボールを持ってじっと突っ立っていられなかった時代もあったが、キーパーへのチャージが制約されはじめてからは、キーパーはボールをつかみさえしておれば安心してひと休みし、さて誰に渡そうかとそれからフリーの味方を捜し始めても構わなくなった。いや、構わなくなったというよりも、一般にそうしたことが当然のように広がってきて、他の味方もまたひと息つく格好となった。だから日本では相手もまたゆっくりと守備に戻れた。
だが、彼らは捕球するやすばやく攻撃に移るわけだ。キーパーも攻撃に参加する。守ればキーパーの責任は終わったと受け取りがちがった目からみれば、それは新しいキーパー像だった。

▽ボールの投げ方――僕はゴールキーパーの技術に関しては知識が乏しかったためか、断片的ではあるがかえってメモをあちこちに書いていた。その一つにボールの投げ方がある。彼らは「バスを手で投げることが多い。確実(安全)であり、近い距離ならばこのほうが早い」とある。彼らは遠投力があるから、日本のキーパーよりも遠くへ投げられるからだけでなく、キックならば前に敵や見方が立っていると、よけて蹴られねばならないが手で投げるとすぐ投げられるから一瞬のタイミングに合わせやすいという利点もあろう。
また彼らはみんなオーバー・スローで投げる。手が大きいので大きなボールを野球のボールのように手軽に投げるし、味方の足元へぴったり狙いを絞って正確に投げるにはこのオーバー・スローの方がよさそうだ。サイド・スローは狙いが絞りにくいのではなかろうか。

▽キックはパント・キックが多い――キーパーのキックはパント・キックの方法が多かった。日本ではショート・バウンドを蹴るキックの方が多いと思う。グラウンドが悪いとショート・バウンドは蹴りにくくなるが、バント・キックはライナーが蹴りにくかろう。一長一短だと思うが、バントでも足元へスーと落とせる工夫をしていたキーパーも見た。飛距離はまだ格段の差がある。ゴールキックは一度味方に渡して、またキーパーがもらって一度手に持ってからける方法が普通に見られることは変わりないが、プレース・キックでも結構正確に相当の距離も飛ばせる力は必要だ。

▽1対1のセービング――バックスを抜いた相手といよいとゴールキーパーが1対1で対決する場合の守りに、経験を積んだキーパーのうまさが表れる。こうして1対1になって得点されたときに、従来ならばやむをえないと考えていたケースにもまだまだ守れるものがあるということを知った。
その分かれめの一つは、キーパーが前へ出るか出ないかの判断のうまさと出るときのタイミングのつかみ方であり、また前進するだけでなく、いつ止まるべきかのタイミングのつかみ方でもあった。もう一つはシューターの足元へ飛び込む場合の技術というか、ただ果敢に飛び込むばかりがよいとは限らないこと。ユーゴで見たあるキーパーは1対1の場面を二度も救ったが、彼は小さなステップですばやく前進したあとは、落ち着いて相手の動きを見定めながら、最も狙われ易いコースを手で防ぎ、逆の方向は足で守るために体を幅広く横にして飛び込んだ。すると相手はまず手の方を避けて逆をとったのだが、キーパーは二度とも足でそのボールをそらしてしまった。一瞬のうちだが実に落ち着いてあらゆる手段を講じ、相手を逆に誘いこんだこのプレーは大いに参考になった。


written by 大谷四郎
(サッカーマガジン 1976年3月25日号)

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