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続・ドリブルでの戦術的要請 <new!>


1対1に勝つために(その2)

 前号のキープのドリブルは1対1の勝負の立場で見れば勝負そのものではなく、その前段階で、勝負そのものはこれからである。
 1対1の勝負は必ずしも敵を抜き去ったかどうかの勝負のみではない。敵を横にくっつけて競り合いながらのドリブルでシュートしたりパスするのも1対1の勝負で、そのときシュートが成功したり有効なパスが出せれば勝ったことになるだろう。もっと広く解釈すれば、競り合うまでにマークしてくる敵の虚を突いてシュートしたりパスするのも1対1の勝負と見てもよかろう。しかし、ここでは主としてドリブルで敵を抜き去ろうとする場面を考えながらこの勝負のカンどころを探してみよう。

▽敵の逆を突く
 すでにフェイントという言葉をご存じだろう。ドリブルに限らずパスにもシュートにもボールを扱うすべてのプレーにはもちろん、ボールを持っていないときのポジションの取り方にまで、サッカーではこのフェイントを使えといわれるのだが、一般的にはフェイントといって真っ先に思い浮かべるのは、やはりドリブルでの1対1の場面に違いない。
 そのフェイントをサッカー用語として定義すると「敵を欺く動作」となる。向かい合った1対1の一つの例で説明すると、結果は右へ抜くことになるのだが、その準備工作としてまずボールを左へ動かし左足をその方向へ踏み出して左へ抜くと敵に思わせ、敵がそれを防ぐためにその方向へ動こうと右足を出して体重をその足にかけようとする瞬間に素早く逆の右へボールを出して抜く場合では、敵に左へ抜くと思わせるためにボールを左へ動かし左足をその方向へ踏み出すところがフェイントにあたる。その他の多数のフェイントも同様で、フェイントとは敵の逆を突きやすくするためにその反対側へ敵を誘う工作であり、敵を抜くという目的からすれば、肝心なのは敵の動きの逆を突けば抜きやすいという事実である。
 だからフェイントをかけなくても抜けることはしばしばある。近づいてくるコースが狂っている敵や向かい合っても落ち着かないで勝手に動いてくれる敵などは、別にフェイントをかける必要もなく、じっとその動きを見てただその逆を取りさえすればいいのだから楽だ。むしろじっとにらみ合いになって、落ち着いてじたばたしない辛抱強い敵は手強い。そのような敵には、こちらもあせらず落ち着いてフェイントをかけねばならない。

 要するに、フェイントをかけるかけないにかかわらず、敵の動きの逆を突くことが肝心だということが分かる。そうすると敵の動きの逆を突くチャンスは「いま」だというときはいつなのだろうか。それは敵がすぐさま反応できないときなのだが、どんな動きをしているときなのか。それをつかむのが結局抜けるか抜けないかの成否を握る重要なカギとなる。もちろん「いま」という瞬間に素早くプレーえきる機敏さも大切だけれども、まず「いま」を見分ける目が先決であろう。
 その「いま」は先の例でいえば、こちらの誘いに乗って、敵が右足を踏み出そうとする「踏み出しつつある」瞬間である。なぜならば、そのとき敵の体重は左足から移動して右足へかかりかけている最中だから、そのときに逆を突けば敵はすぐ反転動作に移れないからだ。どうしても右足が地面について体重が右足に一度乗ってしまってからでないと反転はできない。したがって、右足を完全に踏み出して体重が乗ってしまってからでは正確にいえば遅い。ボールをキープしながらこうした瞬間をしっかりと見定めるのはそう簡単なことではない。ボールをしかとコントロールできない人には無理だろう。とうてい敵の動きをじっくり見る余裕はなかろうから。しかし、それを見定める鋭い目を持っている人は、大げさにフェイントもかけないで、ごく自然に抜き去ることがしばしばある。
 敵の動きを見定める目を持たないと、つい焦りが出るのか、やたらフェイントをかけ始める場面を見る。だが「いま」がつかめないから、敵が誘いに乗ってきていないのにお構いなく予定通りにボールを動かして自ら的にひっかかる場面すら生まれる。フェイントをかけること自体が目的ではなくて、逆を突くことが目的であることを忘れないことだ。

 また経験を積んだ守備者は、逆に守る方からフェイントをかけることもある。先の例でいえば、こちらが左へ敵を誘う前に敵の方から右足を踏み出し、それに応じてこちらは逆を突くつもりで右へ(敵の左へ)ボールを出して抜こうとする瞬間、敵は右足を踏み切り足にして地面を蹴って左足で素早くタックルすることになる。この場合、敵が出した右足は実はフェイントで、左へタックルするための準備であるから、こちらのフェイントに誘われたときの踏み方とは違って左への動作のための踏み方であり、しかも体重はそれに乗り、姿勢全体も反転動作に合わせてある。ということは、むしろ左(こちらの右)へは動きやすいが、かえって右(こちらの左)へはさらに続けて動きにくい。したがって、このときは、右が逆ではなく、むしろ左へ(敵の右足の外側へ)ボールを運ぶのが逆を突くことになる(ここまで見抜くのは非常に難しいが)。

 さていまの例でもわかるように、逆というのは右に対する左、左に対する右、前に対する後ろ、後ろに対する前というように見た目にはっきり逆でなければならないとは限らない。敵の動作(その意図も含めて)の方向からそれたところというか、もっと別の言葉でいえば、敵の最も動きにくいところと広く解してよかろう。
 こんな例がある。正対した敵がタックルしてきたら足の裏でボールを引き、タックル足の届かないところまで引けたら素早くボールをタックル足の外側へ運んで抜きに出る。例えば右足でタックルしたとしたら、逆の右へ(敵の左へ)ボールを出すと敵は左足を使うことができるが、タックルの右足の左へ(外側へ)ボールを出すと、右足に体重が乗ってしまう敵は、さらに右足を動かせないし、もちろん左足は使えない。
 また敵の体重が後方へ傾いている(いわゆるカカトにかかっている)ときは、足を横に大きく出せないから、左右どちらでもボールを敵の横へ転がして容易に抜ける。前に出ている足の外側へは特に抜きやすい。こうした例では、「逆」をいま述べた広い意味に解すればよい。

▽緩と急の組み合わせ
 いままでのところは1対1の勝負プレーを空間的に捉えてきたのだが、今度は時間的に捉えてみよう。サッカーのあらゆる対敵プレーは常に空間的要素だけでなくタイミングという時間要素を伴っているからである。
 こんな例がある。
 ドリブルをしていたら追っかけてきた敵が寄り添うように横に並んだので、ボールと敵との間に体を入れてボールをカバーしながら走るスピードを落としたら敵も調子を合せるようにスピードを落としたので、その瞬間にまた急スピードを上げて走ったら敵を離すことができた。また逆に、相当なスピードでドリブルしていたのに必死に走る敵に追いつかれ、横に並んだ敵はボールをかっさらおうとこちらの前へ肩を滑り込ませてこちらの進路に割り込もうと仕掛けてきたので、ボールも止めながら急に停止したら、敵はこちらの前をさっと行き過ぎてしまった。また、フリーでボールをもらってドリブルしていたら、前方から敵が近付いてくるので、スピードを少し落としたら敵も近づくスピードを同じように落とし、さらにドリブルのスピードを落としてほとんど止まったら敵も同じように止まろうとした。その瞬間また急にスピードを掛けてドリブルを再開したらそのまま敵を残して抜き去ることができた。
 このいずれの例もスピードの緩と急、あるいは逆の組み合わせであり、その緩⇔急の切り替え時に生まれたこちらのスピードと敵のスピードとのずれ(食い違い)を利用したわけである。それを時間的に見ればタイミングのずれを利用したプレーだといえるだろう。こちらの緩から急へ、あるいは急から緩へのスピードの切り替えに対応して敵も同じようにスピードを切り換えようとするのだが、どうしてもその動作を起こす時点(タイミング)がこちらよりも遅れる。その遅れを利用して敵を引き離したということになる。このように緩⇔急の組み合わせから生まれるタイミングのずれの利用は1対1の勝負でのもう一つのカンどころとなる。これがうまいと、特に逆を突かないで同じ方向へ走っている間にそのままで敵を置き去りにすることができる。

 ところがこんな抜き方もある。例えば、こちらのドリブルに合わせて敵が左横にくっつき並んで走っているとする。当然にこちらは右足でボールを扱い、体をボールと敵の間に入れてボールをカバーしながらドリブルをするが、突然止まると同時に左足のインサイドか右足のアウトサイドあるいは足裏でボールを後方へ少し戻し、ボールと敵との間の体も敵を背にして向き直るかのような動作をすると、反転するのかと敵は慌てて停止し、急いで同じように反転しようと食い下がる。その瞬間右足のインサイドでボールをもとの前方へ押し出し、その足で再びスタートして前へ走ると敵は取り残される。
 この抜き方は先に述べた逆を突くのとタイミングのずれの2つの組み合わせだ。両者はあるいは本質的には同じことなのかもしれないが、見た目には一応違った肌合いを持つ2つのプレーは、一方だけを使うよりも組み合わせた方が効果は大きい。

 ところで、一般に日本のサッカーに欠けているのは、タイミングのずれ(動作としては緩と急の組み合わせ)を利用したプレーである。これをうまく使うと、敵が止まっている間にこちらは走るという具合で、絶対スピードの差を実際の効果の上では大いに縮めることができる。外国チームに比べてとかくスピードで劣ることの多い日本の選手が多いに目をつけねばならないプレーだと思う。サッカーでは、30メートルも40メートルも走って絶対スピードで勝負する回数よりも、むしろせいぜい10メートルか15メートル止まりの距離の勝負が多いのだ。それはこのタイミングのずれの利用で勝負をつけるのに好都合の距離である。


written by 大谷四郎
(サッカーマガジン 1978年5月10日号)

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