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vs鬼武健二 海外遠征の好成績が心に甘さをつくった!! 〜不調の最大の原因となったコンディション調整の失敗とゾーンディフェンスの問題点〜 <new!>


『名人と語ろう』
第2回ゲスト 鬼武健二(ヤンマー監督)
聞き手 賀川浩

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 敗軍の将、兵を語らず――という言葉があるが、敗れた原因、不振のもとを追求するのは、ゲームのあとで、次に伸びるための大切な勉強である。あまり気の進まない様子のヤンマー鬼武健二監督(37)に登場願ったのも、不振だった’76シーズンを顧みることによって、一つの“教訓”を見たい、そして、そこから日本サッカーの問題点ものぞきたいためでもあった。
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心に甘えがあった今季

――’76シーズンのヤンマーはさっぱりでしたネ。まあサッカーの試合は相手があることやから、相手に上手くやられるということは、こちらが下手な試合をするということでもある。日本リーグでも、例えば古河などが強くなったから、ヤンマーがやられたという見方もあるが必ずしも、それが全てでもないでしょう。ヤンマー自身にも引っかかる点もあったと思う。

鬼武:それはそうです。まあ、はじめから“おさらい”をしてみると、’76の日本リーグは8月下旬からだったが、その4ヶ月前にタイのクイーンズカップや日韓リーグ対抗(リーグ1位同士の対戦)に出かけ、それに勝って帰ってきてから、体力的なトレーニングとか、心構えなどができなかった。できなかったというより、やらなかった。これは時間的な問題よりも、私にも選手にも、まあ、タイでも韓国でも勝ったものだから、心に甘えがあったために、もういっぺん自分を叩くチャンスを逃がしてしまった。これがまず間違いの一つ。それにともなって、戦う気構えや体力ができていなかった。加えて、吉村あたりが足を痛めてしまった。

――コンディショニングが悪かったところへ、主軸の一人が故障ではネ。

鬼武:うちのチームはボールを相手より余計にキープすることでやってきた。それが前は6分(ぶ)くらいキープできたのが4分くらいしかできない。逆に相手に60%くらいキープされる。そうなってくると、もともと、今年はディフェンスの準備ができていなかったから、弱いところを突かれることになった。後期の日立戦なんかは、前で勝負しようというのが上手くいっていい試合になったんだが、1−1で引き分けてしまった。リーグの中盤でこの日立戦に勝てなかったことで、余計にがっくりきた。あとズルズルと……。

――11月半ばから気持ちを天皇杯に切り替えたといっても、結局は、天皇杯にもチームは立ち直らなかったネ。それにしても、前期の日立戦の0−3、天皇杯決勝で古河と1−4と、大事な試合でずいぶん派手に点を取られたネ。その点の取られ方が、ヤンマーらしい取られ方だった。ゾーンをカバーしているディフェンダーのところへ走り込まれて、その勢いに負けたというやられ方だ。この点は、前号の八重樫茂生君との話にもちょっと出たが……。

川本:ヤンマーはゾーンディフェンスでやっている。ゾーンというのは、このゾーンはオレが責任を持つ、このゾーンはお前が責任を持つ、そして、そこに多少オーバーラップがある、ということだ。そして、そのゾーンに敵が来たらチェックができる。チェックはできるけれども、球と自分と相手が接触する地点で、敵はトラック並みに走ってきているのに、こちらはじっとして守っている。

――立ったままでネ。

川本:そう、なるほどチェックはできるけれども、スピードをつけて走ってきたやつに押し切られてしまう。例えば日立のときのように礁井が突っ込んできた、あるいは古河みたいに、ビュンビュン走り込んでくる。そういう相手に、いつも受け身で守っている。
 ゾーンをひいて、チェックはできるけど、押し切られることが多いんだ。だから、守っている人間は、自分の責任のゾーンのなかで、「球が来るのは、このコースへ来る。相手はこう走ってくる。そうすれば相手とボールと自分が接触する地点、地域はどこや」と予測することぐらいはサッカーをやっている人ならできる。

――その予測地点で……

川本:そう、その地点、その地域に向かって、少なくとも相手の突っかかるぐらいこっちも突っかかって行けというんだ。それを、そこでボサッとしているから、せっかくチェックしても押し切られてしまう。あるいはこぼれ球も相手の方に有利にこぼれるんだ。問題は簡単だ。

――従来からヤンマーの守りにはその傾向はあったが、昨シーズンまではそれでやって来られた。バンコク大会でも優勝した。

川本:クイーンズ・カップなどでは古河や日立のようにビュン、ビュン走られて守りを破られたことはないハズだ。自分の責任を持っている地域に球が来れば一応そこで何とか食い止められたということなんだろう。ボクはタイでの試合は見てないから知らんけど、そうやないかと思う。

鬼武:確かにその通りでした。

川本:タイでは、こちらの張ったクモの巣に相手が引っかかってくれたという感じだろう。それが相手に激しい突っ込みなりスピードがあればクモの巣は破られる、ということだね。こちら(ディフェンス側)も接触点を予想し、こちらも同じだけのスピードなり、強いチェックを用意せえ、ということだ。そうでないと、ゾーンディフェンスはもう生きないよ。マンツーマンがいいのかゾーンディフェンスがいいのか、これは、どちらがいいか永久に決まらぬかもしれない謎だろう。まあ、その時、その場になるが現在の場合、マンツーマンの方が、いまいったこちらが向かってチェックに行けるという点で有利と思う。

――誰ということを初めから考えている。相手が人だと思っているからですネ。

川本:ゾーンのいいところは終局的には人間の(数の)節約だと思う。一人でも節約できる可能性を含めているのがゾーンディフェンスだ。それだけ(節約した人を)攻撃に回せるという考え方がゾーンを取る裏の意義があると思う。ところがヤンマーはそうじゃないからな。


守備重点は世界的な傾向

――ゾーンを採用しながら、なお、守りに多くの人を割くことになっているわけですネ。

川本:いまの日本サッカーは、いや、日本だけでなく、世界的傾向だが、守備重点になっている。攻撃に携わる人間が常に少数で、それをカバーするために押し上げというのがある。ところが日本の選手の場合、そうしょっちゅう押し上げができるわけではない。たいていは2人か3人かで攻めないかん。これははっきりしている。守備偏重の影響がヤンマーに特にひどい。

――それでいて、点もたくさん取られたのでは引き合いませんネ。

川本:ヤンマーは相手ベースで試合を始めるチームだ。いきなり初めから自分のペースでゆけといっても、チームの性格上、あるいはプレーヤーの感じからいって、あのチームはまあ無理かもしれん。それなら、相手ペースで始まってもいい。早くヤンマーのペースに戻せばいいんだ。それにはヤンマーには武器があるんだから。ドリブルできる選手がいることが武器なんだ。ドリブルは相手のペースを乱すのに一番簡単で率直なやり方なんだ。
 それがあかなんだ。ネルソン吉村が怪我しとったとか、小林がもう一つだった、というのは堪えたハズだ。彼らは、直接チーム力になるようなキープはできないにしても、キープでペースメーカーになれるんだから……。まあ、次のシーズンには吉村たちをオーバーホールせないかんだろう。

鬼武:そうですねぇ、オーバーホールしないと。名前と顔だけでは勝てません。中身がちゃんと伴なわないとネ。

――日本リーグの他のチームはどうでした。フジタも順位は上がったねぇ。やっぱり、古河が一番伸びたということかな。

鬼武:うーん、まあ、奥寺や永井が溌剌と仕事をしたということでしょうネ。

――まあ、あのやり方は必ずしも良いとは思えないが、第1列の突破力に裏打ちされ、第2列が上がってくる速さ、というのは相当なものだった。それが単調で含みのないのが気がかりだけど。どうでしょう日本人は古河式のやり方を好む者が多いんじゃないですか。

川本:そうかナ。そうとも限らないだろう。サッカーのゲームというのは、ボクは一つの「流れ」とみるんだ。それは、ただ揚子江のようにとうとうと流れる流れとは違うんだ。日本なら、流れだちがあり、落ち込みがあり、早瀬があり、トロがある、というのが、我々のいう川なんだが、それほどの変化はなくても、せめて2つの変化がなければ、もうサッカーのゲームは成り立たんし、面白くないんだ。せめて2つネ。「ゆるい(緩)」のと「早い(急)」のと。最少限度、その2つ入るんだ。その意味からいうと、いまの古河のやり方が、日本のサッカーのシンボルみたいにいわれたんでは、どうかナ。

――それは別として私は、今度の古河の優勝は、24、25歳が中軸で、チームが若いという点に注目しているんです。少年指導がちょっと進んだとき、つまり、それまでは(デットマール・クラマーの考え方を誤解して停止したままのボール扱いを強調していたのが、実践的になった頃の高校生が永井や奥寺たちです。そういう点で24、25歳中心のチームが、それより年齢の高いチームに勝ったのは、体力や走力だけでなく面白いと思っているんです。

川本:年齢の話が出たから、いうわけだが、そう、ここでは鬼武君はじめ指導者にいっておきたいのは、ここ数年、若い選手の成長が非常に遅いことだ。永井や奥寺たちは、ホープやいうても24や25になっている。20歳の頃にもう何とかなっていなければウソだと思う。大学のことをいうと、昔の大学は6年あり、いまは4年しかないというけど、昔の6年制大学のときでも、モノになるのは3年でモノになっている。だから4年制だから大学がアカンとはいえないんだ。これだけ試合をやって、あれだけ練習し、海外遠征をやって、なおかつ出てこないというのはどういうわけだろう。強化費だって年に8,000万円くらい使おうというのだろう。それで、成長はノロノロしている。しかも、いまの選手はみな少年のときからやっている。

鬼武:競技人口は増えました。確かにプレーする環境はよくなった。


優秀な素材がなぜ成長しない

――人口が増えたから、やる選手のなかには運動神経の発達した者もたくさんいる。正月の高校大会を見ても、例えば帝京なんかいい素材がいっぱいやっています。

川本:そう、高校のプレーヤーを見ても、うらやましいくらいだ。体は柔軟だし、ボール扱いはナチュラルやし。にもかかわらず、それらがナショナルチームにつながらないのはどういうわけだ。例えば法政へ行った中村。あんなボール扱いのセンスはどこへ消えたのだろう。大学リーグではボツボツやっているらしいが……。これが日本サッカーの一番大きい問題だろう。それは2つの面から考えられる。一つは指導の間違いと、もう一つは、選手自身の問題だ。

鬼武:ヤンマーにもその2つとも当てはまりますネ。指導者の問題と、選手の心構えの点ですネ。

川本:昔の練習は、訓練、トレーニングなどというよりも、修行ないしは「行(ぎょう)」といった感じだった。剣術の宮本武蔵だって、生涯、敵に負けたことはないというが、その練習は木や石を相手にやっている。木や石を相手に練習してなぜ、人とやって勝てたのかということを考えないかんと思う。そういう宮本武蔵的な、日本の昔からある考え方を見直さないかんと思う。そういう宮本武蔵的な、日本の昔からある考えを見直さないかんと思う。バイスバイラーだけが金科玉条ではないんだ。なぜ自分のホームグラウンドで自分を鍛えないのか、強い相手と試合するだけが、強くなる道だと考えていていいのだろうか。ワザの世界、技術の世界にはそれだけでは解決できないことがある。日本人には日本人らしい修練のやり方があるんだよ。

――第一、自分に苦労してつかんだものがなければ外国へ行っても仕方がない。

川本:そうなんだ。自分で自分を鍛えることのない人間が、外国へ行って強い相手とぶつかっても吸収力がないんだよ。そこを指導者もプレーヤーも考えてほしいネ。

鬼武:これも、耳の痛いお話です。

川本:もう一つ、指導者の側のおかしい点をいえば、コーチが、選手の欠点を直すことに主力を置くことだ。欠点なんてほっといてなぜ長所を伸ばすことに力を入れないのか。欠点なんて、長所が伸びれば問題でなくなる。
 ここに個性的な選手が出てこない一番の原因がある。人間は長所も欠点もある。しかし、欠点を矯(た)めようとするから、いまの選手はみなプレスから出てくるようなプレーヤーになってしまう。まだ東京大会まではよかった。クラマーの手にかかっていたからね。それが、クラマーの手を離れると、違った。誰も出てこない。
 おそらく永井でも古河へ行ってから欠点直しに忙殺されたのと違うか、この頃になって、やっと元の面影が出てきた。

――コーチング・スクールなどで指導の文法を習って平均的知識が身について、その平均をプレーヤーにあてはめようとするのかなァ。

鬼武:やったらイカンということが多いわけですよ。

川本:こういう短所を矯めたら、こういう長所が消えるということがあるんだ。それを忘れて、欠点を矯めることばかりにかかっている。過去において、いいものを持っているプレーヤーが消えてしまったのは、どこかで短所をいじられたために長所もなくなってしまったのじゃないか、と思うんだ。

鬼武:うちでも特色を生かすというのを主眼にしながら、結局どれだけできたかといえば……。

川本:まあ口だけの感じだな。第一に1対1、第二に個性を生かす、といっても本当じゃなかったといえる。

鬼武:その点は、充分反省せないけません。

――まあ、77年度は、もう一度オーバーホールをして出直して下さい。早稲田から藤原も入るし、バックスもヤンマークラブに若手のいいのがいるそうだし……。

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鬼武 健二
昭和14年9月19日生、37歳。広島大附属高校、早大、ヤンマーディーゼル。日本リーグ第1、2年目(昭和40年、41年)は主将。第3年目から監督。昨シーズンまでの10シーズンでリーグ優勝3、2位2回、天皇杯獲得3回。日本リーグ10チームの最年少で最古参の監督
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(イレブン 1977年4月号『名人と語ろう』)

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