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90年の歴史の中でのアルゼンチン戦初勝利と韓国との0−0


 10月8日のキリンチャレンジカップ、対アルゼンチン代表(埼玉)は1−0、12日の対韓国代表(ソウル)は0−0。日本代表の10月の強化シリーズは、見ごたえのある内容だったし、1勝1分けという結果も上々。ブラジルでのワールドカップを目指す代表にとっては、新監督とともに良いスタートとなった。
 アルベルト・ザッケローニ(ザック)監督というイタリア人の監督さんについて、まだ深くは知らないが、落ち着いた態度や語り口は、日本向きのようにも見えるし、伝聞する指示の内容などは、いまの日本代表に合っているように見える。

 アルゼンチン代表に初めて勝ったのは大いに喜んでいいし、メッシを始めとする個人的なレベルの高いプレーヤーの多いチームだから、歴史的なエポックともいえる。
 もちろん、欧州からの長い旅(一人がブラジルでプレーしている以外はすべてが欧州のクラブにいる)の疲れや時差という問題がアルゼンチン側にはあって、コンディションは必ずしも上々とは言い難く、日本選手との衝突で負傷してピッチを去る者もいた。いくつかのミスもあって、その一つをきっかけに日本のゴールが生まれたということもある。
 そうしたハンディが相手側にあったことは確かだが、日本側には、この1−0は、大きな自信になるはずだ。

 8日の試合の2日後、久しぶりに、枚方FCで長い間、指導を続けた近江達ドクターと食事をする機会があった。私より少し若いが、80歳のラインを超えられたドクターは、「今『年寄りサッカー』で点をとるのを楽しんでいる」そうだが、「サイドへ出せばいいのに――、と思うときでも、狭いところを突破しようとするんですね」と、いまさらながらのアルゼンチンスタイルの「不思議」に言及されていた。
 ドリブルと短いパスによる、狭い地域をこじ開けてシュートへ持ってくるアルゼンチンの伝統的なやり方に対する日本側の守りがうまくいったのも勝ちの原因のひとつだった。
 これについては、いまのメッシの大先輩であるディエゴ・マラドーナ(2010年アルゼンチン代表監督)が選手であった86年アルゼンチン代表では、カルロス・ビラスド監督が、ホルヘ・ブルチャガやホルヘ・バルダーノといった選手の走力による広い展開を図ったことに強い印象を、持っているのだが…。

 それはともかく、世界でもトップクラスの一つとされているアルゼンチン代表に勝って、日本中を喜ばせた我が代表が、韓国との試合は0−0なのだから、サッカーは面白い。
 韓国戦のあとに近江ドクターと会えば、これも「伝統的」という話になったかもしれない。12日のソウルの試合は「韓国はフィジカルを、日本は技術の高さを前面に押し出した」(試合後のザック監督)と誰もが見たとおり、両チームは、それぞれの進化の上に、互いに特徴を出した試合展開だった。

 この試合では香川真司が、8日のときほど働けず、本田圭佑の踏ん張りと3本のシュートも、長谷部誠のすごい運動量と2本のシュートも得点とはならなかった。
 日本と韓国のサッカーの歴史は、いずれ、この「90年」の中でも紹介することになるが、旧制中学校の全国大会(現・高校選手権)で朝鮮地方(当時は日本の一部であった)の代表であった普成中学や崇仁商業との試合経験を持つ私は、彼らの技巧と体力に勝つために、技術を高めること、戦術を練ること、そしてそれを実行できる体力をつけることが、大きな目標であったことを覚えている。
 その中学校蹴球部5年のとき、1941年の明治神宮大会という全国大会決勝で普成中学と戦い(2−2の引き分け、両校優勝)、戦後の日韓の対戦を見て来た者には、今度の日韓も――それぞれに進化はあって――やはり伝統的な戦いぶりであった。
 と同時にいえるのはつぶし合いの激しさに比べて、ゴールを奪う手順の上達と、シュート力もまた、伝統の枠から出ておらず無得点に終わったことだ。

 韓国代表が日本より上であったときには、車範根(チャ・ボングン)、黄善洪(ファン・ソンホン)といったストライカーがいた。日本にも釜本邦茂(メキシコ五輪の得点王)がいたが、ドイツやブラジルのように好ストライカーが続出というところではない。両国のレベルアップには、この点がこれからの課題となるだろう。ザックさんが、どう考えるかも眺めたいところだ。
 まずそれにはサッカー界全体が、シュートに敏感になることもその一つ。たとえば8日に見事なシュートで岡崎のゴールを生んだ長谷部が12日に何故2本ともクロスバーを越したのかを、もっと惜しがって、話題にしてもいいのではないか。あれほど働いた長谷部のためにも――である。

 日本に初めて技術のテキストをもたらした90年近く前のチョー・ディンさんもどう見るのだろうか。
 ドリブルで仕掛けられる選手も育ち始めた。守りの感覚も高まった。ゴールキーパーも向上してきた。良いシューターが育つ、良いシューターが多くなってもいい時期に来ているはずである。


(サッカーマガジン 2010年11月2日号)

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