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ベルリンの奇跡の日本代表 闘志あふれるDFで理論派監督 堀江忠男(上)

上田先生の出版記念パーティー

 1月28日、大阪で「上田亮三郎先生出版記念パーティー」が開催された。
 1936年生まれの先生が昨年、75歳になり、大学の指導者の道に入ってから50年となるのを記念して、大阪商業大学でサッカーを学んだ多くの弟子たちや信奉者の間で先生の著書を――という声が高まり、その力が結集されて有限会社アートヴィレッジから出版された。『やらなあかんことは やらなあかんのや!』と題するこの本は312ページ、先生の語りを大学サッカーに詳しいフリーのサッカージャーナリスト、貞永晃二さんがまとめたもの。
 就任当時は大学サッカーの弱小チームであった大商大を、関西学生リーグ3部からスタートして、ついに1部優勝18回、日本大学選手権優勝4回、準優勝3回、総理大臣杯優勝2回というトップチームに押し上げた実績と卓越した指導力には誰もが兜を脱ぐ――その経験と理念が先生の言葉でつづられていて、とても面白い読み物となっていると同時にサッカーの技術について、戦術について、そしてサッカーと教育について深く考えさせるテキストでもある。
 新大阪駅に近い大阪ガーデンパレスでのパーティーには200人が出席、鬼武健二・前Jリーグチェアマン、メキシコ・オリンピック得点王・釜本邦茂、元帝京高校サッカー部監督・古沼貞雄、元日本代表監督・加茂周たちの顔もあった。
 その素晴らしい指導者、上田先生を囲む弟子や仲間を眺めながら、同じ大学サッカーの指導者であったということで、私は堀江忠男先生を思い出していた。ベルリン・オリンピック代表で活躍した後、記者となって試合評を書き、大学教授となって、母校、早稲田大学のサッカーを育てた堀江先生は尊敬すべき指導者であるとともに、ディフェンダーとして手ごわい試合相手でもあった。
 『このくに と サッカー』の今回は、堀江先生の若いころを――。


1936年の縁

 上田さんから堀江さんに、私の頭の中の映像が移ったのは、一つには上田さんの生年月日が1936年7月26日――ということからかもしれない。
 昭和11年というこの年は、日本が陸軍の2・26事件によって、大きく右に傾き始めた年でもあるが、スポーツ界ではベルリン・オリンピックで日本選手が活躍した輝かしい時でもあった。なかでもサッカーは、日本代表が初めてオリンピックに参加し、強豪スウェーデンを破って「ベルリンの奇跡」を演じ、私たちには忘れることのできない年でもある。
 このベルリンの快挙は、1930年の第9回極東大会の代表が、ショートパスでの攻撃展開を確立して、それまでの先進・中華民国代表と引き分け、早大の学生を中心とした代表が、6年前の代表の「ショートパス」をさらに完成度を高めて、当時、世界でもトップクラスの一つであったスウェーデン代表に勝ったところに、日本の技術史、戦術史でも特に注日される。しかし、それだけでなく、世界のサッカー史の上でも、小柄な日本人チームが大型のスウェーデンを相手に見事な試合をしたという点で、今日までつながるサッカーの発展の歴史のなかに一つの地歩を得ることになるものといえる。
 2008年の北京オリンピックで日本の「なでしこ」つまり女子代表が、ベスト4に入る活躍をみせたとき、私はこの連載の『竹内悌三(ベルリン・オリンピック日本代表キャプテン)』の項で、なでしことベルリン・オリンピック日本代表との関連に触れている。今の時代、バルセロナFCの世界制覇によって、その小兵選手のパスの組み立てと11人サッカーを見れば、こうした日本サッカーの技術、戦術の系譜、ベルリンもなでしこも、また、現在の日本代表(男子)のサッカーも、世界の潮流から外れていなかったことを密かに心強く思っている――。
 それはともかく、ベルリン・オリンピックでFBとして活躍した堀江さんは1913年9月13日生まれ。浜松という育った土地柄から水泳も上手だったが、旧制浜松一中でサッカーに打ち込むようになり、1931年、早大に進んだ。関東大学リーグで東大の黄金期が終末期を迎え、早大と慶応大が覇を争うかたちになろうとしていた。
早大では、“サッカーの鬼"工藤孝一が監督に就任し、練習の激しさを増す。同期に高島(鈴木)保男、立原元夫、平松留雄、1年下に川本泰三、2年下に加茂健、GK佐野理平、関東正隆たちがいた。
 足が速く、頑健でしかも体が柔らかく、堀江さんはDFとして力を伸ばした。1933年からの早大の関東大学リーグ3年連続優勝に貢献、卒業した年の8月、日本代表に選ばれて、ベルリンの快挙に参加することになる。


(月刊グラン2012年3月号 No.216)

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