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ドイツの批評家を驚かせたベルリン五輪代表FW 疾走中の見事なボール処理 加茂 健(中)

日本流原点とバルサ流

 前号に続いて1936年のベルリン・オリンピックで「奇跡の逆転」と言われた勝利のヒーローの一人、加茂健さんについて――。
 「今のサッカー好きには加茂といえば、サッカーショップ加茂の名が浮かびますよ」と言われたことがある。そういえば、日本初のサッカー用品専門店の経営に成功した関学OBもまた、加茂健という名だった。その兄の周さんは元日本代表監督、長兄・豊さん(故人)もゴールキーパーで活躍し、毎日放送勤務時代にペレとサントスFCと日本代表の親善試合の企画を成功させた。日本サッカー発展に尽くしたこの三兄弟についても書かせてもらう機会があることを願っている。その近い“加茂”でなく、古い加茂兄弟は健、正五の2人そろってベルリン・オリンピックでプレーするという名誉な記録の持ち主だった。
 このベルリンの勝利は、北欧の巨人、スウェーデン代表に対して小柄な日本代表が勝ったということで、開催地ドイツで大評判となり、破れたスウェーデンでは今でもなお語り継がれ、“大事件”の記憶として残っている。
 ここしばらくの世界のサッカーで小平の多いFCバルセロナの攻撃の評価が高く、バルサを基調とするバルサ・スペイン流のサッカーが世界のトップに立つ形になっている。パスをつなぎ、敏捷さを生かすプレーで体格の優れたスウェーデンを破って以来の日本サッカーの流儀が、バルサ・スペイン流として世界に君臨しているところが面白い。
 弟の正五さんは当時の日本では体格に恵まれ、足も速く、またドリブルの突破の力もあった。その弟に比べると健さんは、体はきゃしゃに見え、いわゆる「頑張り型」でなく冷静な判断の持ち主で、自分の敏捷性と器用さを生かしていた。健さんより早大で1年上だった川本泰三さんは「(加茂健さんは)W型FWのインサイドだったが、労をいとわず90分間走り回るというタイプではなかった。守備もそれほどやらなかったが、チャンスのときに飛び出してくる速さは素晴らしかった」と語っていた。メキシコ・オリンピック銅メダルチームのチャンスメーカーであった杉山隆一さんと川本さんが話し合ったときに、「足の速い杉山をウイングでなく、むしろ攻撃的なインサイドFWとして起用すればと思っていた」と語るのを聞いた。「杉山はウイングでの貢献も大きかったが、かつての加茂健のような役割で働かせれば、もっと違った効果が生まれただろう」とも言っていた。
 ベルリンの勝利を日本では長く“奇跡”という言い方が続いたが、当時のヨーロッパの専門家の意見では「日本は粘り強く動き、敏捷性を生かしながらの攻撃、高い技術を駆使しての速いパスワークはスウェーデン側をイライラさせ、疲れさせた」であり、個人的にも「LI(レフトインサイド)の加茂健はなかなか巧い。全速力で疾走しつつボールをコントロールできる。こんな上手なLIはベルリンにはいない。LW(レフトウイング)の加茂弟(正五)もいいプレーヤーだ。加茂兄弟は見事な左翼陣をつくっていた。CFの川本(泰三)はよく動き、その攻撃は見ていて恍惚となる巧さだった。FWのライトサイドは左ほどではなかったが、ここでも緻密なフットボールをしていた」と賞賛したものもあった。
 76年前のドイツ記者、評論家については詳しくは知らないが、少なくともドイツのメジャースポーツであったサッカー(彼らの言葉ではフスバル=フットボール)のオリンピック批評の中で、日本の攻撃を褒める記事の多かったことは確かなようだ。日本人の速い動きにスウェーデン側が困惑したといい、その代表格が加茂兄弟の速さだった。


冷静で合理的、敏捷で器用

 加茂健さんは1915年に静岡県浜松市に生まれ、浜松師範学校付属小学校を経て、浜松一中(現・浜松北高)に入る。小学校でボールを蹴り始め、中学校の蹴球部に打ち込み、早大に進んだ。中学校でも早大でも、一学年上だった堀江忠男さん(故人、ベルリン・オリンピック代表FB、早大教授、同ア式蹴球部監督)はJFA(日本サッカー協会)機関誌への寄稿でこう記している。
 「加茂君の蹴球は小学校から始まった。この小学校は当時、静岡県下で唯一蹴球をしていた。浜松一中で私が5年生で主将のとき、私はCHで彼はCFだった。
 この時期から、すでに彼は冷静な判断、合理的、科学的な動き、これに先天的な敏捷さと器用さを加えたプレーという、後の片鱗を見せるようになっていた。
 当時の学校の練習に見られた非合理的な無理な練習を強いられると、反旗するよりもしょげてしまう――のだったが……」


(月刊グラン2012年8月号 No.221)

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