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ベルリン到着後、新知識を吸収し、 3FB制を採用、いよいよ対スウェーデン

 第11回オリンピック・ベルリン大会のフットボール競技は8月3日に始まった。参加16カ国、ノックアウトシステムで、日本は1回戦で4日にスウェーデンと対戦した。
 6月20日に日本を出発した代表、鈴木重義監督、竹腰重丸、工藤孝一両コーチ、小野卓爾マネージャーと、選手16人はシベリア鉄道の8日間をふくめた長い旅程の末に7月3日にベルリンに到着した。
 選手村に入って、まず長旅の疲れを取ることに始まり、第2期の軽い練習から7月14日(対バッカー)、対22日(対ミネルバ)、27日(対ブラウバイス)と3試合を行って、本番に備えた。スコアは1-3、第2戦は3-4、第3戦は2-3と、1勝もできなかった。
 相手のグラウンドに乗り込んだときに、あまりの観衆の多さに驚いて、選手の多くが「のぼせてしまった」(工藤コーチ)第1戦はともかく、徐々に調子を取り戻した第2戦、第3戦も勝てずに終わったが、この間に、それまでの2FB(フルバック)システムから3FBに変更することにし、ドイツ選手の体の強さや、スピード、リーチの長さなどにも次第に慣れてきた。
 相手のCF(センターフォワード)をマークするために、それまでの2人のFBの中央にCH(センターハーフ)を後退させて、第3のFBを置く形にする守りは、すでにヨーロッパの常識になっていた。それを知っての対策だったが、種田孝一とう適役がいたこともあり、ディフェンス陣の消化も早かった。
 もう一つの「新知識」はゴールキーパー(GK)に体当たりしてはいけないことだった。ボールを持ったGKに対してもショルダーチャージできるとしていた日本の常識は通用せず、最初のバッカー戦でも、レフェリーから激しく注意をされた。
 「日本チームが、GKをまったく規則の保護の外において考えていることが分かった。すごい勢いで彼らはGKに飛びかかったので、観衆はざわめいた。しかし、レフェリーが注意してから、試合が終わるまで二度とこんなプレーはなかった」(蹴球週報)――と代表のFBの一人堀江忠男は、JFA公報(蹴球)に寄せたオリンピック通信に、現地の雑誌記事を引用して述べている。
 このGKへのチャージがルール上許されなくなっていたことが、本番での日本GK佐野理平の大活躍の原因のひとつともなったと言うが…。
 メンバー構成では、FWの右サイドが悩みだった。左のウイングは弟の加茂正五、インサイド(攻撃的MF)は兄の加茂健の兄弟ペアで決まりだが、万能型の右近徳太郎をサイドに置くには、その運動量によるカバーリングから見てMFには欠くことができず、と言って東大の高橋豊二、東京師範の松永行はCFタイプで、ウイング的なタッチライン際のプレーは得意でなかった。早大の右インサイドの西邑昌一は負傷からの回復が不十分と見られていた。
 いろいろな問題は抱えていたが、こうした試合経験と練習を経て、日本代表は徐々にチームの形も整い、その特色も出るようになっていた。

 前述の「蹴球週報」は――
 「少し前まで、日本は未知数だった。バッカーとミネルバの練習試合の結果、未知数ではなくなった。ただし、その結果は日本にとって芳しいものではない。ただ、この3試合で日本人はすべての領域において良い模範を有効に学び、自己の形成力でそれを凌駕することを心得ている点で、驚くほど素早いという事実を考慮に入れないと、誤った推測を下す結果になるかもしれない。
 何千年かの伝統によって形成された、感情を表さない笑い顔の下に日本人が蔵している「学ぼう」とする狂信的な熱意は、他のどのオリンピックチームにも見出すことのできぬものであり、また、この数週間に日本チームが示しているような長足の進歩は他に見られない。日本を予想表から抹殺する前に、まずわれわれは、このようなあらゆる予言を覆す可能性のある諸条件を考慮に入れる必要がある」と言っている。
 日本とドイツの両国が友好関係を反映して、やや好意的であるかもしれないが、ドイツに到着してからの日本代表チームに表れた変化――、日本チームの吸収力の速さを見ていたと言えるだろう。
 8月4日のキックオフは午後4時。工藤コーチのリポートによると、午後1時に鈴木監督の部屋に集合。シーンとした緊張裡に監督の訓辞が終わったあと、試合場の注意を与えたとある。それは
 「半年のわれわれの苦労は、今日の90分によって判定が下されるから、各自はその全精神、全精力を尽くして、後悔なきよう力闘すること。すなわち弓矢も力も尽き果てるまで戦い抜くこと――、まずダニのごとく執拗に、土佐犬のごとく落ち着きから勇敢に――」
 プレー上も@攻めの際のテンポの変化や、A守りでの中盤での追い込み、ゴール前でのマークの距離を近く、タックルは強引に深く――といった8項目(一部省略)におよんだ。
 午後2時に出発し、試合前のトレーニングは約25分、個人技術の足慣らしと体操にとどめた。4時にキックオフ。


(サッカーマガジン 2011年3月22日号)

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