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プロ導入、自主路線のサッカー

 人口、2千300万人、日本の半分より大きい国土。西ドイツとほぼ同じくらいの大きさだが、山地の多いこの国は、西にアドリア海に面し、イタリアとオーストリア等と国境を接している。5つの主要民族をふくむ6つの共和国、4つの主要言語と2つの文字、そして、3つの宗教が同居しているという複雑な構成と、同じ東欧でも地理的に西側に近い条件―――そんなすべてを考慮して、チトー大統領がすすめた自主路線は、一時期には社会主義国グループの総師・ソ連から敵視され、仲間はずれにされたほどだが、市場原理の導入と、いち早く経済に取り入れた政策は、今のソ連の打ち出したペレストロイカ(改革)の一歩先を行くものであったかも知れない。
 そうした政策の反映で、ユーゴサッカーは東欧圏に独自のやり方を進め、70年代にはプロフェッショナルを公式に認めるようになっていた。

 FIFAが発行した74年度版の年刊に、ユーゴは登録プレーヤー12万2,372人、うちプロは570人と銘記されている。全国リーグ1部(18チーム)、2部がプロで、この下に地域リーグがあり、その地域はそれぞれの共和国の歴史的背景もあって、きわめて対抗意識が強く、それがまたサッカーへの興味を強めている。
 そしてまた、28歳を越えるプレーヤーは外国で働くことが許されるため、西欧への流出が多くプレーヤーだけでなくコーチもまた国外へ出て行く者が多い。


(サッカーダイジェスト 1989年12月号「蹴球その国・人・歩」)

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