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金容植 ベルリンオリンピックで活躍した韓国選手

韓国メディアの訪問

 ことし9月10日、JFA(日本サッカー協会)は2016年度の“殿堂入り”で「1936年ベルリンオリンピック日本代表チーム」をチーム表彰、またブラジル人で功績のあったジーコを個人表彰し、掲額した。
 ベルリン代表の16選手について先々月から紹介していて、今度が3回目――。当時、日本の統治下にあった朝鮮半島出身で、ベルリンでの対スウェーデン逆転劇を戦った金容植(キム・ヨンショク=日本ではキン・ヨウショクと言った)について――。
 先週、神戸市大倉山の中央図書館内の賀川サッカー文庫へソウルからの来訪者があった。「FOOTBALLIST」誌の記者ハン・ジュンさんとカメラマンで「殿堂入りした金容植さんについて知りたい」とのこと。4時間近く語ることになった。
 金容植さんは、ソウルの普成専門学校チームの選手で全国選手権(現在の天皇杯)にも朝鮮地方代表として出場し優勝している。ドリブルが巧みでキックの確かさと運動量の大きいことで注目されていた。1910年生まれでベルリン当時は26歳。代表の中では年長のほうだった。
 このときの代表チームは早大の学生が主力となり、ドイツ到着後の練習試合(3試合)を経て8月4日の第1戦、スウェーデンと対戦した。メンバーは▽GK佐野理平(早大)▽DF堀江忠男(早大)、竹内悌三(東大LB)▽HB立原元夫(早大WMW)、種田孝一(おいだ・こういち=東大)、金容植(京城普成専門学校)▽FW松永行(まつなが・あきら=東京高師)、右近徳太郎(慶大)、川本泰三(早大)、加茂健(早大)、加茂正五(早大)で、第2戦(対イタリア)もほぼ同じで、DF堀江忠男に代わって鈴木保男(早大WMW)が出場した。当時の試合記録を見ると金選手はベルリン到着後の2試合(7月14、22日)には出場せずに控えだったが、7月27日の第3戦に出場、ついで8月4日の対スウェーデン(3―2)、7日の対イタリア(0―8)に出場している。


左MFで攻守に活躍

 金容植さんは、このチームで左のハーフバック(守備的ミッドフィルダー)を務め、相手の攻撃をDFとして防ぐ一方、攻撃には左サイドの加茂健(兄)、加茂正五(弟)のペアを支援した。
 36年のこの代表チームの攻撃は左サイドの加茂兄弟によるサイドからの攻め上がりと、そこから出てくる中央のパスを中央で決めるのがひとつの得点コースであり、加茂弟のドリブルの個人的な強さと加茂兄の高速ドリブルでの突破、さらにはCF川本泰三のドリブルとシュートが大きな武器だった。この左の2人を支援するのが金さんの攻撃での仕事だった。もちろん長身を利して左、右からのクロスをヘディングするスウェーデンの攻めは、彼らの身長の高さ、体の大きさや動きの速さ、強さとも威力があった。その力とスピーディーな攻めを防ぐことも金さんの大事な仕事だった。その守から攻への切り替え、左サイドのショートパスをつなぐ攻撃も効果があることを前半にも見せていた。0―2とリードされた後2―2と同点にした攻めも、2回とも左サイドの攻めと中央で決めたもの。
 決勝ゴールとなった3点目は相手側のバックパスのミスがらみのチャンスを右ウイングの松永行が長走して相手ゴールキーパーの足元を抜いて決めたのだった。その後の相手の攻めを0に抑えて奇跡のような勝利を日本代表は手に入れたのだった。
 この試合はその一つ一つの瞬間に幸運があり、天からの贈りものがあったといえるが、攻め込まれた体勢から反撃に出るときの金容植の働きもまた誰も忘れることのできないものだった。
 1945年に韓国が独立してからも金容植さんは新しい国のサッカーをリードした。1948年のロンドンオリンピックには韓国代表を率いて参加した。
 英語に堪能な金さんはこのときロンドンで多くのサッカーの書物を持ち帰り後輩たちに世界のサッカーに目を開くことを教えたという。
 戦後しばらくたって日本と韓国の間が大きく開いてしまった時期があった。1960年ローマオリンピックのアジア予選で日本が韓国に敗れたとき私は韓国の総監督として来日していた金容植さんの宿舎を訪ねた。私が神戸一中出身だと知ると「二宮(洋一)は元気ですか? 播磨(幸太郎、神戸一中→慶大)はどうしていますか」と、かつてのライバルたちの消息を懐かしそうに尋ね、日本のサッカーが再び強くなることを望んでいると言った。
 昨年ソウルを訪れ、金さんが大先輩として、またリーダーとして尊敬を集めていることを知った。
 熱心なハン・ジュンさんの問いに答えながら、日韓のサッカーが共通の優れた先人を持っていることの楽しさを改めて感じたものだ。


(月刊グラン2016年12月号 No.273)

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