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澤穂希A 豊富な経験、次なる道は…

 2020年東京オリンピックのサッカーは、男女とも予選がなく出場することができる。日本サッカー界の未来にとって重要な大会だととらえている。豊富な経験を積み重ねてきた澤さんが今後、どのような形でサッカー界に携わるのか、とても楽しみでならない。

【世界が急速に強化している】

 サッカーは男子向きの激しい競技だと長年思われていたが、海外ではかなり早い段階から女子サッカーが始まっていた。日本は今でこそ思い切った普及策を講じているが、競技人口に比べるとトップリーグや個々のレベルはまだまだ男子ほどの勢いに及ばない。例えば、アメリカは女子スポーツに積極的な地域で、女子サッカーが学校スポーツとして着実に普及してきた。
 現状のアメリカには力強さという印象があるが、ここに横パスなどの技術的なバリエーションが加わることで、急速に力をつけてくる。他国も含めて世界の女子サッカーの流れは速くなっている。なでしこジャパンがワールドカップで世界の頂点に立ち、オリンピックでも銀メダルを獲得したとはいえ、外国が足踏みを続けているうちに一歩でも先んじないと、すぐにでも置いていかれてしまうのではないかという危機感がある。
 私はJリーグのクラブ、とりわけ東海地域の中で大きな存在感を持つ名古屋グランパスには女子チームをつくることを勧めたい。チームを持つことで、女性ファンの獲得に必ずつながるはずだ。また、女子サッカーが盛り上がってから日が浅いので、他のスポーツに比べると強化が短期間で実を結びやすいという側面もある。世界中の追撃が始まり、ピッチ上の11人が全員澤穂希にならないと勝てない時代がすぐそばまで来ている。そういう時期だからこそ澤さんの豊富な経験を次の世代に伝えていくかが必要になってくる。

【佐々木監督が持ち味引き出す】

 澤さんのプレーヤーとしての能力を引き出した佐々木則夫監督という指揮官の存在を忘れてはならない。佐々木監督が就任すると、それまで代表でFWをやっていた澤さんは守備的MFとして起用された。私自身の経験から見ても、守備的MFの位置からは前の選手が全部見ることができる。前線で後ろから来るボールを敵と競り合うより、前にボールがあって拾うことができるし、視野が広がる。危険な場所を予知することもできる。前もできる選手が、あのポジションにいる。それまでとボールを持った時の相手の接近の度合いが違うから、少しだけ余裕ができる。そこがなでしこジャパンにとって大きな意味があった。攻撃時にクロスが飛んできたとき、競り合ってこぼれるボールが自分に来るかどうかは試合を重ねるうちに分かるようになる。試合を見ていると、澤さんはそれを完ぺきにつかんでいた。
 優勝したFIFA女子ワールドカップで印象的な場面があった。フリーキックの場面で澤さんがすぐにボールを置いて大儀見選手を走らせてパスを送った。走った大儀見もすごいが、ああいう抜け目なさ、試合の勘所を見つける能力に驚かされた。
 頭の良さ、サッカーの理解力の高さに加えて左右ともにボールを触れる体のバランスの良さがあり、後ろから見ていて相手の穴を見つけ、ここぞという場面で出ていけばゴールにつながるという道筋が見える。すべて試合を重ねることで身に着けていったものだ。  澤さんと対談をした際の印象としてメッシやクリスチアーノ・ロナウドと一緒で、とにかくサッカーが好き。ただ好きといっても、練習にも体力がいる。好きだから人よりも練習ができる。持って生まれた体と人一倍の練習があそこまでの実績をつくりあげた。
 前回も書いたように、澤さんは日本の女子サッカーにおいてペレのような巨大な存在。今後、彼女のようなうまくて、点を取れるような選手が出てくるだろうが、ペナルティーエリアの危険地帯でボールを止めるような選手がでてくるのかどうか。年末年始に女子の高校選手権が兵庫県内で行われるようになった。試合を見ていると、選手の体格はよくなっているけれど、蹴るだけでもすごいというような、もっとずば抜けた存在が出てきてほしいとも感じた。

【好奇心、向上心、次世代に伝えて】

 INAC神戸に移籍してきた澤さんが一度、当時芦屋にあった私の自宅にチームメートと遊びに来たことがある。本棚にあった資料や海外のサッカーの文献をしきりに見ていたが、サッカーに対する好奇心、成長につながるならば私のような年配のジャーナリストにも会ってみたいという向上心にとても関心した。単身アメリカでサッカーをすることを思えば、芦屋に行くことは何の苦もなかったのだろうが。
 多くの人に惜しまれながら引退し、結婚をして、めでたくお子さんも授かった。でも、彼女のような代えがたい経験を重ねてきた人材は、世界にもそうはいない。ぜひともサッカー界の役に立ってほしいし、そうでなければ大きな損失である。もちろん本人がいやといえばそれまでだが。
 現在、澤さんの一つ上の世代である高倉麻子さんがなでしこジャパンの監督を務め、指導者として活躍している。澤さんはお子さんの成長との兼ね合いもあるけれど、現場を選ぶのか、違う形での貢献をするのか。その時々の判断によるが、表現力もあり、かなう人はいないと思う。
 澤さんが離れたなでしこジャパンは、昨年のリオデジャネイロオリンピック出場権を逃し、非常に大事な時期に入っている。澤さんは試合の中で「私の背中を見て」と話したことがあった。彼女がピッチを離れた今こそ、その背中を見ることが大事になっている。

(月刊グラン2017年7月号 No.280)

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