賀川サッカーライブラリー Home > Stories > >香川真司(下)

香川真司(下)

経験生かし日本のリーダーに

 本稿の締め切り時点で、2018FIFAワールドカップの出場権の行方は未確定だが、香川真司が29歳で迎えるロシアでの戦いは、国内外で得難い経験を積み重ねた彼のサッカー人生にとって、大きな意味を持つ大会になってほしい。

欧州での「旅」積み重ねた経験

 私が真司を見てきた中で印象に残っている試合がある。2011年8月10日、札幌ドームで行われたキリンチャレンジカップ韓国代表戦で挙げた2つのゴールだ。真司は1月のアジアカップ準決勝・韓国戦で右足小指を骨折、半年ぶりの代表復帰だった。1点目は右サイドからの攻めで、遠藤保仁が彼独特の一呼吸おいて出したパスを、李忠成が相手の意表を突いたヒールパスで下げ、受けた真司がゴール左下隅に決めた。李のパスを右足で止め、左に当てて右に動かし、それが相手に当たって小さく浮いて落下したのを逃さず右足で叩いた。右、左の小さなタッチでボールを動かして相手をかわし、自分のキックの形に持っていくのはミシェル・プラティニやカズも使っていた技。ゴール前で相手に囲まれた中での落ち着きと判断、プレーの正確さは驚くばかりだ。
 真司の2点目、チームの3点目は、右オープンスペースのパスを出し、右からのクロスを自らダッシュして決めたもの。起点のパスとなったキックは自分の体の前にあるボールをまっすぐに蹴る、セレッソ時代には見かけないものだった。パスを出したあとのダッシュのスピードと、そのうまさにも驚かされる。少し足もとに入ったパスにも冷静に合わせてゴールを決めた。一連の動きが輝いて見えた。
 あれから6年。ドイツとイングランドで年月を積み重ねて、真司は成長を続けた。回り道に見えたイングランドの日々も、プレミアリーグの激しい当たりを体験し、身に染みたはずだ。ドイツもサッカーの質そのものは高いが、プレミアは国外から呼ぶ選手の値段が違う。それは個人的な能力、体の強さの価値も含まれている。そのようなリーグで自分のプレーを生かすために、相手と対峙した時にどれだけの強さで対応するかを知ることはとても大切なことだ。激しい当たりの中で苦しんだことで、ゴール前にもずかずかと入りこみヘディングで点を取れるようになった。もともとヘディングは苦手と言っていたし、岡崎慎司のように決してうまいとは思わないが、競り合って勝てるタイミングを見極めて行けるようになった。また、入っていくときの周囲の見え方や少々バランスが崩れた中でも耐えられるようになっているのも経験のなせる技だろう。

類を見ない存在感

 日本を代表する選手として釜本邦茂と比較をしてみれば、身体的な素質がまったく違う。釜本は大学1年生だった東京五輪の時は身長178センチで登録され、その後も変更されなかったが、実は182センチまで伸びた。当時、体が大きいと言われたベッケンバウアーとも遜色なく、足も速く、徹底的に体を鍛えたことで日本を代表するストライカーとなった。対する175センチの香川はなによりボール扱いが上手い。持って生まれた速さ、ドリブルのうまさがある。ボールを扱う時にミスしないというのは強いし、シュートも打って点も取れるが、ある時期にもう少し釜本のように強いボールを蹴る練習をしていればという思いもある。少しぜいたくな話だが。
 真司に似たタイプの選手を、歴代の日本代表の中から探してみたが、なかなか思い当たらない。細かいタッチができて視野が広いといえばメキシコ五輪銅メダルに貢献した宮本輝紀(故人)を思い浮かべるが、宮本は少し遅く、香川のような前傾姿勢のドリブルはない。
 日本協会が発表する「日本代表公式記録」の中で香川真司と、私の兄の賀川太郎が同じページに入っている。同じ「カガワ」なので、五十音順ならば当然なのだが、不思議な縁を感じる。戦後10年間日本代表としてプレーした太郎は、戦前は自分で点を取っていたが、ベルリンオリンピックでも得点した選手が戦地から帰ってきた後は、その選手に点を取らせるようになった。パスが上手く、左右に大きな展開もできるし短いパスも出せる。体つきも19歳の真司に似ていた。

2018年、「真司の代表」が見たい

 自分で突破して点を入れることはサッカーの面白味の一つだが、周りを意識してチームとして理解できていれば、もっとゴールの可能性が高くなる。今のサッカーは基本的にマークのし合いなので、ちらっと見て頭の中で残像をつくることが重要になる。真司はそれが見えている。前に残るのならば、ペナの中に入っていくか、入っていく選手を使うか。その動きを自分でやるだけでなく、他の選手にも教えていく、もう一段上のことも求められる。パスの出し方、ボールの受け方、点の取り方、自分がチームの中でどういう位置にあるのか、30代を前にこれから考える時期になっている。ペナルティーエリア全体がしっかり頭に入っているのだから、仲間にこう動けともっと発信した方がいい。性格的なものでもあるが、あんまり物を言わないように見える。これだけの経験積んでいるのだから必ず聞いてくれるはずだ。代表でも本田圭佑の言うことなら聞くのかもしれないが、本田が一番信頼をしているのは実は真司だ。真司が一緒にやっている時は、本田はとても楽しそうに見える。
 ただ、本田が不在になれば、代表の中で真司がどう差配するかが大事になる。チームの中でそういう顔をするようになれれば、2018年のロシアは香川真司のチームであってほしいし、その力がある。リーダーになった真司を見たいものだ。
 セレッソからドルトムントに移籍する際の育成補償金は35万ユーロ(当時のレートで4000万円)と聞いている。当時、今のような高い価値の選手になるとは想像がつかなかったのかもしれない。ヨーロッパでのリーグ戦出場数は150試合を超え、ドルトムントとの契約も2021年まで延長した。ここまで来たのだから、自分自身を総点検して、運動量を維持できるトレーニングとケガに強い体づくりが必要になる。尊敬するキングカズ・三浦知良の年齢まではあと22年ある。
 できることなら、真司のキャリアの最後は日本のファンの前でという思いはあるのだが、それは何年先のことだろうか。私もできる限り彼の成長を追い続けていきたい。

(月刊グラン2017年10月号 No.283)

↑ このページの先頭に戻る