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岡崎慎司(上) 頼もしい「孫弟子」

 昨年3月28日のワールドカップ予選・タイ戦で日本代表として50得点目を記録した岡崎慎司。釜本邦茂、三浦知良に次ぐ記録に到達したストライカーは、私にとっては「孫弟子」にあたる。得点感覚に優れたストライカーは日本サッカー界に不可欠な存在だ。

名指導者の「最高傑作」

 岡崎本人を紹介する前に、彼を滝川第二高校で指導した黒田和生君(現チャイニーズタイペイ代表監督)のことを記しておきたい。
 1970年、関わっていた神戸フットボールクラブ法人化にあたり、協会のライセンスを持ち、コーチを目指す指導者が必要ということになり、黒田君を有給コーチ第1号として採用した。岡山出身で東京教育大学(現筑波大学)を卒業したばかりの黒田君は、一般企業からの内定も受けていたが、「じっくり育成に取り組みたい」と話していた。指導者に向いている性格だなと感じた。兵庫県協会の業務をしながらスクールの指導者として活動し、84年に滝川第二高校からの誘いがあった。滝川といえば戦前、別所毅彦(旧名・昭)を擁し全国を制した野球部が有名だったが、第二高校を新設するにあたりサッカーなど他の部活動を強化したいと黒田君に白羽の矢が立った。
 その黒田君にとっても「最高傑作」といえるのが岡崎だ。兵庫県宝塚市出身。高校時代にテレビで初めて見た時には、他のことはあまり上手くないが、点を取れる選手という印象だった。なぜそこにいるのかというポジショニングに才能を感じていた。
 彼の武器にダイビングヘッドがある。競り合いから点の取れるポジションに入り込み、相手の横や後ろから体を入れてボールに当てる際どい取り方が出来る。中学時代に所属した宝塚ジュニアFCのコーチから「一生ダイビングヘッド」と言われたというが、コーチが彼の才能を見抜いていたのだろう。

欠点を補い、長所を伸ばす

 高校時代まで足が遅いことを気にしていたという。センターフォワードにとって足の遅さは致命的なことだ。しかし、エスパルス入団後、オリンピックランナー・杉本龍勇氏(現在も個人トレーナー)から指導を受け、飛躍的に改善したという。学校の練習では走り方の基礎的練習をしないが、どうすれば足が速くなるのかと研究してきた岡崎から指導者も選手も見習うべきだ。
 現役時代はストライカーだった長谷川健太監督の指導もあり、2年目から試合に出場し、3年目で頭角を現した。さらに2009年、グランパスから長身のヨンセンが加入し2トップを組んだ。ヨンセンを利用してシュートポジションに入り込むことでゴールを量産した。点に絡むためには、まずボールに絡むこと。ゴール前に上がっていけば何回かに1回は得点機があるので、諦めることなく繰り返す。当然ボールが来ない場合もあるが、常に来るという想定でいく気持ちが不可欠だ。そこで点が取れたことが自信につながる。ゴール前の戦いは得点数という数字にのみ表される。そこがFWの厳しさだ。成功体験を積み重ねることで価値が高まり、周囲の信頼も勝ち得た。
 清水で6年間を過ごしてドイツ・シュツットガルトに渡ったが、中盤の起用が多く、ゴールは減った。ドイツの常識でいけば、センターフォワードとしては小柄で、キープする能力が問われる。岡崎は前にとどまって、後方から来たボールに対し相手を背にしながら処理して攻撃を作るタイプではない。前を向いてプレーした方がやりやすいので、かなり苦しんだはずだ。
 流れが変わったのは、マインツに移籍してからだ。当初の左サイドハーフから1トップになり、ゴールが飛躍的に伸びた。前にいて絡んで、すぐにシュートレンジへ、または受けて同じくシュートレンジへという動きに個人技術、知識、経験を加えて岡崎慎司のプレーを作った。2013〜14シーズンで挙げた15得点は、香川真司が持っていたブンデスリーガ日本人最多ゴールを塗り替えた。ドイツ、イングランドでプレーした2人はタイプの違いが興味深い。香川が中盤で一度ボールに触ることで攻撃の新しい面を開いてからゴール前に入っていくタイプなのに対し、岡崎はいきなり前に行ってシンプルにボールが来たところを狙うタイプ。その勘所が良くなったことが記録の更新に結びついた。
 その後イングランド・レスターに移籍、ドイツに比べるとイングランドは選手個人の強さが違う。中盤での競り合いでも、ドイツなら6・4で勝てたものがイングランドでは4・6くらいになってしまう。ところが、岡崎はレスターの中で存在感を高め、プレミアリーグの優勝メンバーになった。レギュラーFWという点に絡まなければいけない立場にもかかわらず、ゴール数は36試合5得点にとどまったが、豊富な運動量で「影のヒーロー」として賞賛されている。

小柄を武器に

 岡崎の身長は174センチ。大柄なヨーロッパの選手の中では小柄だが、岡崎はそこを武器にしてきた。重心が低く、すばしっこい動きでプレーできる。香川は相手をかわす動きで切り抜けるが、岡崎は体が強く、ぶつかりながらプレーできる。ぶつかり方や体の入れ方を常に工夫してきた。
 イングランドのセンターバックは大きく、視野の下に岡崎の頭がある格好となる。それがピュッと動き出すことで、相手はとてもやりにくい。メッシにしてもヨーロッパで活躍する小柄な選手はそこを武器にしてきた。私も小柄だったが、「目線の下で動かれるとやりにくい」と何度も言われたことがある。岡崎もやっているが、わざと相手にくっつくことで、さらに相手を困らすことができる。
 大柄も特徴だが、小柄なのも特徴だ。よく「小さいのに頑張る」と言われるが、私は「小さくて頑張る」と言ってほしい。butではなくandということだ。ヘディングでは勝てないが、ヨーロッパの選手から見れば小さい日本人がウロウロしている方がやりにくい。岡崎はそこにダイビングヘッドという強烈な技を会得した。ハンディキャップではなく武器だと思った瞬間に変わる。周囲も岡崎の特徴を生かさないと自分たちが損になることが分かる。長い距離のドリブルシュートをさせようとは誰も思わないはずだ。

(月刊グラン2018年2月号 No.287)

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