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吉田麻也(上) 不可欠な「守りの要」

 ロシアワールドカップが3カ月後に近づいてきた。6大会連続の出場となる日本代表には、「守りの要」の存在が心強い。吉田麻也。名古屋グランパスで育まれ、ヨーロッパの強豪リーグでセンターバックとして確固たる地位を築いている。その姿は頼もしい。

身体能力と頭の良さを「武器」に

 「良いセンターバックがいれば、安心してチームを見ていられるものだ」。1986年のメキシコワールドカップ、マラドーナらを擁して優勝したアルゼンチン代表のビラルド監督が語っていた言葉を思い出す。吉田の存在感は、その域に達しているといっても言い過ぎではない。
 長崎で生まれ、中学からグランパスの下部組織で育ちトップチームへ昇格した。下部組織時代はボランチをしていたというが、189センチの長身を生かし、センターバックにコンバートしたことは、日本サッカー界にとって非常に有意義なこととなった。センターバックらしいセンターバックに成長し、今や屈強な攻撃陣がそろうイングランド・プレミアリーグのピッチで戦っている。そのことだけでも、素晴らしいステータスを手に入れているといえる。その選手をグランパスが育てたということは誇っていいことだ。
 見ていて感じるのは、頭がいいということだ。体が大きく、ヘディングがうまいのだが、まだまだ上には上がいる。ヘディングで競り合うジャンプにしても飛び抜けて切れ味が抜群に鋭いというわけでもない。しかし、センターバックはあえて動き回らなくても、ポジショニングがしっかりしてさえいれば間に合うものだ。その点で吉田の頭の良さ、戦況を見極める力が生かされている。
 日本は欧米に比べると身体的に劣る部分があり、海外で受け入れられる選手は攻撃的な選手、中でも運動量を生かして走り回るタイプに限られてきた。しかし、天性の身体的な部分も求められるセンターバックとしてイングランドでも認められたということが、彼の実力を端的に表している。

苦労の連続「代表のセンターバック」

 2010年の南アフリカワールドカップは、日本サッカーにとって画期的な大会だった。田中マルクス闘莉王と中澤祐二、身長が185センチを超えた2人がセンターバックを組んだというのは、日本代表として初めてのこと。日本にもこういう時代が来たのだと感慨深く感じた。
 ヘディングでの競り合いに苦労しない大型DFは、味方のゴールを守る最大の武器といえる。守りの要というべきこのポジションについて、日本は長く苦しんできた。
 1936年に開催されたベルリンオリンピック。船や鉄道を乗り継ぎドイツにたどり着いた日本代表は、いきなり驚かされ、転換を余儀なくされた。それまで日本は2人のフルバックで戦っていたのだが、当時のヨーロッパでは、その2人の周りを動き回り、相手FWをマークする選手を加えた3バックシステムが主流になっていたからだ。そこで、急遽、ハーフバックとして登録していた東大の種田(おいだ)孝一をその役につけた。175センチと当時では長身だった種田はとても頭のいい選手で、その役割を果たし、スウェーデン戦での「ベルリンの奇跡」にも貢献した。
 その後、64年の東京オリンピック開催を控え、62年12月、スウェーデン選抜チームとソ連(当時)のディナモ・モスクワを招いて東京で三国対抗戦を開催した。スウェーデンのセンターバックは、欧州でも強豪だったディナモの突破しかかった選手を追い込んで並走し、ここぞという場面でタックルを仕掛けてボールを奪っていたことが今も記憶に残っている。
 当時の日本代表にもセンターバックらしい選手はいなかった。小沢通宏(東洋工業)は頑張れる選手だったが、オリンピックの代表には選ばれなかった。大会では鎌田光夫(古河電工、のちにコスモ石油監督)や小城得達(中大→のちに東洋工業)らが、そのポジションに入ることが多くなった。ともに身長は177センチ。鎌田はもともと頭のいい守備的MFで、小城は守備よりも攻撃の面で使いたい存在だった。小城から杉山隆一へのロングパスは日本の武器だったからだ。長身のセンターバックは、日本が長く追い求めていた素材であった。

子どもたちの「生きた教材」になれる存在

 背が高く運動能力に優れる子どもを見たら、センターバックとして育てれば、チームの柱ができ、クラブとして最低10年は安心できるのではないかと思う。FWなど攻撃の選手ばかりに目が行きがちだが、最終ラインの安定が、チーム力向上に直結することに気付いたチームも多くなった。日本人よりも体格面で優位な外国人選手を充てるチームも増えてきた。昨年J1に復帰したばかりのセレッソ大阪も、センターバックとしてクロアチア出身のマテイ・ヨニッチが加入したことでチームのバランスがとれて、ルヴァン杯、天皇杯の2冠につながった。グランパスも開幕を前にウィリアン・ホーシャを獲得している。攻撃力を支える守備の要は必要不可欠なのだ。
 吉田麻也に話を戻す。グランパスのアカデミーでボランチをやっていたこともあり、守りだけでなく攻撃参加の際の得点力にもつながる。持っている頭の良さを考えれば、攻撃に出た時の穴を察知して、相手を防ぐこともできる。ロングパス、身体能力を試すような単純な攻めを交えてくるイングランドで積み重ねた経験は、日本代表でも十分に生きている。185センチ、いや188センチを超えるセンターバックが何世代も続くと、日本の守備のレベルは自然と高くなっているはずだ。
 世界と戦うために、日本サッカー界はいますぐ大型センターバックを育成するためのプログラムづくりが必要だ。12歳から16歳くらいまでに、大型選手でも速い動きができるフィジカルトレーニングを行うとともに、指導者も自分たちの世代にはいなかった大型選手を育成する勉強会も必要となるだろう。その際、吉田麻也はまさに「生きた教材」となる。


(月刊グラン2018年4月号 No.289)

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