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サッカーメディアあれこれ(下)

 新聞や映画館で上映されたニュース映画で海外のサッカーに触れ、自らメディアの一員として伝えてきた。高度成長期を迎えた1960年代、サッカーメディアに新しい時代が訪れた。専門誌とテレビ。21世紀に入り、インターネットを中心とした情報革命に至る時代へとつないだ貴重な存在だった。

初の専門誌「サッカーマガジン」誕生

 1952年から記者として原稿を書きはじめ、サッカーを中心にアジア大会などの海外取材も続けてきた。日本のサッカー界は64年東京オリンピックに向けて日本代表は海外遠征を繰り返し、その指導にあたったデッドマール・クラマーの「リーグ戦形式にしなければ日本サッカーの強化にはつながらない」との言葉を受けた日本サッカー協会が65年、日本サッカーリーグ(JSL)をスタートさせた。
 この翌年、66年に初のサッカー専門雑誌「サッカーマガジン」(ベースボール・マガジン社発行)が創刊される。2月にスポーツマガジン特集号として発刊し、5月から正式にサッカーマガジンを名乗った。JSLの試合のほか海外サッカーの情報も盛り込む本格的な専門誌。私も初めてワールドカップの現地取材をした74年西ドイツ大会から、大会終了後に連載『ワールドカップの旅』を通じて、取材での日々を記すことになった。JSLのスタートでテレビ中継されることが増え、専門誌が誕生した。サッカーを伝えるメディアが増え、注目されたことが、68年のメキシコオリンピックでの銅メダルにつながった。
 JSLの隆盛、日本代表の活躍とともに、サッカーファンの目は海外にも目が向くようになった。71年、海外情報を売り物にしたイレブン(日本スポーツ出版、88年廃刊)創刊号の表紙が海外サッカーであったことに意気込みを感じる。その後78年にサッカーダイジェスト(日本スポーツ企画出版)、86年にはストライカー(学研)が相次いで創刊し、サッカー専門4誌(イレブン廃刊後は3誌)がJリーグ誕生までの日本サッカーを伝え続けた。
 専門誌の中でもマガジン、ダイジェストの2誌はJリーグ開幕後にはともに週刊誌となり、インターネットや衛星放送などが広く普及していない時期にサッカーファンの期待に応えた。この2誌は同時に海外情報を専門に扱う雑誌を相次いで創刊した。いわゆる専門3誌以外にも、まさに雨後の竹の子の言葉の通り、Jリーグを専門とした雑誌が相次いで誕生。私もそのうちの一冊であるジェイレブ(フロムワン)をメーンに原稿を書いていた。94年3月に誕生した月刊グランをはじめとするサポーターズマガジンも続々と創刊された。

世界を感じた「ダイヤモンド・サッカー」

 サッカーメディアは文字だけでなくテレビの世界にも広く、深く及んだ。1968年4月、三菱商事の英国駐在員だった諸橋晋六さん(のちに会長)の発案で英国放送協会(BBC)の人気番組「マッチ・オブ・ザ・デイ」を日本語版に翻訳した「イギリスプロサッカー」の放送が東京12チャンネル(現テレビ東京)で始まった。これが70年に「三菱ダイヤモンド・サッカー」として再スタートする。解説・岡野俊一郎、実況・金子勝彦アナウンサーの名調子で欧州リーグや国際試合を放送、74年ワールドカップ全試合(決勝戦は生中継)を放送するなど、88年に番組が終了するまで日本のサッカーファンが世界のプレーを映像で感じる貴重な機会となった。
 Jリーグ誕生後は地上波での放送が増えると同時に、NHKの衛星放送、本格的にスタートしたCS放送で国内外のサッカーが一気に放送された。2002年日韓ワールドカップが衛星放送のスカパー!で全試合中継されたことはその象徴でもある。
 インターネットの普及による革命的な情報社会の中で、Jリーグは2017年から英国の「DAZN」が多額の放映権料と引き換えに映像配信の権利を獲得した。テレビという概念を飛び越え、スマートフォンなどでも試合を見ることができるようになった。その一方で週刊だったサッカー専門誌は月刊や月2回刊に後退を余儀なくされるなど紙媒体にとっては厳しい時代になった。新聞人として長年サッカーを伝えてきた私にとっても、時代の流れの速さには驚かされることばかりだ。

ウェブ文庫「賀川サッカーライブラリー」開設

 最後に、戦後から長い時間サッカーを伝え続けてきたが、これまで書き溜めてきたものを多くの人に読んでもらいたい、日韓ワールドカップに向けて海外の人に日本のサッカーを知ってもらいたいという思いから1998年1月、ホームページにウェブ文庫というべき「賀川サッカーライブラリー」を立ち上げた。サッカーマガジンや月刊グランなどで発表してきた数多くの記事を年代別や人物別に整理し、サイト内で閲覧できるようにした取り組みは、先進的なものであると自負している。神戸市立中央図書館に寄託した5000冊の資料による「神戸賀川サッカー文庫」とともに、日本のサッカーの歴史を末永く残すことができればうれしい限りだ。

(月刊グラン2019年4月号 No.301)

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