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指導者とは(上)

 日本代表が2022年ワールドカップに向けて着実に勝利を重ねている。森保一監督は、Jリーグでプレーした経験のある初の「日本人」代表監督だ。今、スポーツにおける指導者の役割が社会問題にもなっている。指導者に必要なものは何か、国内外を見渡してみたい。

「J育ち」確固たる信念を持つ森保監督に期待

 指導者とは何か。一概には言えないほどさまざまなタイプがいる。全体を見渡し協会レベルまで物事を考える指導者がいれば、一つのチームを見てほしいと頼まれ、きちんとつくり上げる指導者もいる。また、一人一人の選手の育成を通じて下部組織からトップチームに向けて長いサッカー人生をサポートする指導者がいれば、チームを1年間リーグ戦で勝つようにしてほしいと頼まれ引き受ける指導者もいる。当然のことながら指導者に何を望むかという依頼する側の狙いもあり、個々の能力、仕事の幅が違う指導者の見極めも必要になる。
 多くの日本人選手が海外に渡り、かつてないほどの種類の指導者に出会っている。また、Jリーグにも海外から著名な指導者がやって来た。彼らが残してきたものを一つ一つ整理し、その全容を把握していくことについては時間のかかることだが、常に指導者が学び、成長を続ける。日本サッカー界はそのサイクルの過程にある。
 長年見てきた経験の中で指導者としての基準になっているのは、この連載で何度も紹介してきたデットマール・クラマーだ。1964年の東京オリンピックに向けて日本サッカーを強化し、大会で一つでも勝利を挙げることを目的に、発展途上である日本代表のコーチとして招かれた若くて有能な指導者は、非常にインパクトが大きかった。それだけに、その後の指導者をどうしてもクラマーと比べてしまう。
 クラマーの功績として、指導者の人間性、仕事の幅がどれほど重要であるかを示してくれたことがある。コーチ術そのものについても相当なレベルにあり、日本は大きな得をしたと思う。ただ、それ以降も多くの外国人指導者が招かれたが、彼らに学び世界のトップと呼べる指導者が誕生しているかという問いに対し、自信を持っているとは言えない。
 日本代表初の外国人監督、ハンス・オフトの下で起きた1993年のドーハの悲劇以降、日本人の代表監督は加茂周、岡田武史、西野朗、森保の4人のみ。「ドーハ」のメンバーで、Jリーグでプレーし、サンフレッチェ広島の監督として3度Jリーグ優勝に導いた森保監督は、自分の経験の中から確固たる方向性を自分で持って取り組んでいるように感じている。日本サッカー界の中で経験を積んできた代表監督に対して、今はお手並み拝見という雰囲気だが、幅の広がった日本サッカーの中から選ばれた指揮官なので、とても期待をしている。従来のようにすぐに成果を求めるのではなく、やり方をじっくりと見てほしい。

大事な「選手の信頼」、メディアとの関係も不可欠

 この秋、名古屋グランパスは風間八宏監督が事実上解任された。2015年に退任した西野監督もそうだが、たとえ経験豊富な監督であってもうまくいくことも、そうでないこともあるということを、経験を積んだ日本サッカー界が冷静に見られるようになっている。いい監督を高額の年俸で招へいした場合、成績が良くなければ去就に直結する。日本はプロ野球に比較して割合長い年月で見てくれることが多かったが、今は野球よりも入れ替わりが激しくなっている。
 監督に必要とされる資質の中で大事なものとして、選手から信頼されること、心をつかむことにある。これがなければ、いくら口でうまく言いつくろっても、手を打っても、選手は動いてくれない。先ほどのクラマーは、指導者はどうあるべきかという哲学を持ち、自らも生活を律し、人間的な魅力を兼ね備えて信頼を勝ち得た。
 あれから半世紀以上が経過し、Jリーグの各クラブはある程度の資金力を有し、外国人の著名な監督をえり好みして期待もかけている。と同時に、実際に監督の持っているものを引き出し、十分に力を発揮してもらえることも必要になる。サポートする強化スタッフなどフロントの仕事がより重要になってくる。また、監督の選手起用法について、従来よりはっきりとしたものを見せる時代に来ていると思う。自分のスタイル、カラーを鮮明にしてアピールする。自分の意向を伝えて技術を高めるだけでなく、その選手を効率よくポジションに置くことが必要だ。試合そのものへの意欲を高めるような総合的な力が各クラブの監督に求められている。その結果がどう出るか。風間前監督は鮮明だったが、はっきりしているだけに、起用されていない選手からの信頼を失ったのではないか。今の選手は自分から監督に対して開けっ広げにしているように見えて実はそうでもない。そこは監督が選手の中に入って心を引き出すか、ハートとハートでつながるというのはクラマーの時代と変わらない。
 また、指揮官はメディアとの距離感も非常に重要な仕事だと思う。日本のメディアは監督に対して直接言わないほうだが、選手たちの中にいろいろな噂を吹き込むなど、期待通りにならない監督に対しては陰でシビアに当たることが多くなっている。
 たとえ自分のことを分かっていなくても、熱心に来ている記者とはある程度の信頼関係を持たなければいけないだろう。このごろはメディア間の競争も激しくなり、特定の記者と仲良くし過ぎると難しいことも起きる。ヨーロッパではクラブの監督として大事なことはいわゆる「番記者」といかに信頼関係を持ち、バックアップしてもらうかだという。監督にとっては余計なことを書かれたくないので隠すことも多いが、記者も人の子、信用されているということを感じれば、あからさまに悪口を書くことはない。ここを間違えるのは著名な監督が失敗する落とし穴の一つである。

(月刊グラン2019年12月号 No.309)

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