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追悼・マラドーナ(前編)

 2020年11月25日。悲しいニュースが世界中を駆け巡った。元アルゼンチン代表・監督を務め、スーパースターとしてサッカー界に大きな足跡と影響を残したディエゴ・マラドーナが亡くなった。60歳、あまりにも若すぎる旅立ちだった。
 1979年に日本で開催されたワールドユース(現U−20ワールドカップ)でアルゼンチンを優勝に導きMVPを獲得、日本のサッカーファンにサッカーの面白さを伝えてから40年あまり。ワールドカップ、南米選手権、アルゼンチンリーグ、そしてイタリア・セリエAなど、さまざまな舞台で世界中のファンにサッカーの面白さを見せてくれたマラドーナは、まさに天才中の天才であり、同じ時代にサッカーにかかわることができた幸せを今改めて感じている。  彼が登場した時代背景も興味深いものがある。初の現地取材となった1974年の西ドイツ(当時)ワールドカップで、ドイツのベッケンバウアー、オランダのクライフという2大スターが対決した決勝戦を目の当たりした私にとって、その直後に登場した天才の存在は衝撃的だった。
 数多く見てきたマラドーナの試合で何よりも印象に残っているのは、母国アルゼンチンを世界の頂点に導いた1986年メキシコワールドカップ準々決勝のイングランド戦だ。後半6分、マラドーナのパスをクリアしたボールが相手GKと競り合ったマラドーナが上げた左手に当たり、そのままゴールに吸い込まれた。今も「神の手」として語り継がれるゴールを私はアステカスタジアムの記者席で見ていたが、当時はモニターテレビもなく、相手GKとダブっていて手に当たったことは分からなかった。ホテルに帰り、テレビを見て確認したが、マラドーナはここぞという場面で自然に手が上がってしまうのだろう。そのような場面を何度も見たことがある。
 その4分後に、世界最高のゴールとして語り継がれる「5人抜き」が生まれた。ハーフラインの10メートル手前の自陣からボールを持ったまま5人をドリブルで抜き(写真・筆者が記者席から望遠レンズで撮影)、最後はGKを交わしてゴール。11万人を超えるスタジアムの大観衆だけでなく、世界中を魅了した。マラドーナはどの試合でも一人でドリブルしながら持ち込む場面を1度や2度は必ず見せていた。相手に隙ができる瞬間を察知できるのだろう。ドリブルでスルスルと抜いていくことでチャンスになるが、相手に動くと見せかけて引き付けながら左右に決定的なパスを出すこともできる。そういう「勘所」を瞬時に見極める力も非常に高かった。ただ単にボール扱いなどがうまいだけでなく、チーム全体の流れを見極められる特異な感覚。それがマラドーナの魅力でもある。
 天才マラドーナとの思い出は尽きない。

(月刊グラン2021年1月号 No.322)

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